
うなぎ橋 - sisi
2025/07/19 (Sat) 12:22:20
むかし、ある時、一人の坊さんが雨上がりの道をピチャピチャと歩き、急に立ち止まった。坊さんは真っ黒に日焼けした丈夫な顔だったが、見るからに気高い坊さんだった。何事が起こったのか、坊さんは、足元を流れている堀に目を向けて、じっと考え込んでいるけど、いつもだと、住んでいるここの堀の水が、今日は黒く濁り、ゴウゴウと聞こえた。「こんな様子では、すっ飛ぶこともできようが、今日ばかり越すことできない」坊さんは、傘に手をかけながら、「どうするか。弱ったもんだ」と考え込んだ。日はだんだんと、栗かかり、坊さんは、何とか早く、次の村まで行って、びしょ濡れになっちゃった着物を、干し」坊さんは、傘に手をかけながら、「どうするか。弱ったもんだ」と考え込んだ。日はだんだんと暮れかかり、坊さんは、何とか早く、次の村まで行って、びしょ濡れになった着物を干してたいし、腹減るし、困った。しばらくすると、大さんは川アット驚き、体がぐらぐらして、足が後によろめき、坊さんの目の前を流れている堀が急に、ざわざわと涙って、その中から、大きいうなぎが黒い顔にニュルと出してこう言った。「坊さん、昔から、私はこの堀に住んでいるうなぎだ。こんな流れではとても向こうの土手に行かれない。私が橋の代わりになりますから、その上を渡ってお通りください」うなぎは、大きい体を水から出して、丸太のように浮かべて、坊さんは大変喜び、その上を渡ることができた。「本当にありがとう。これで暗くならないうちに、次の宿に着くことができるな。だけど、このままでは申し訳ない」坊さんは、心の中で、これは普段から心身ありがたく心を寄せて、仏様のおかげだと思っている。「お礼に、この堀にいつでも水が絶えることのないように、井戸を掘ってやろう」と、持っていた杖で土の上を突き出し、そうすると井戸ができた。水が湧きだし、うなぎは大変喜び、「ありがとうございます、ありがとうございます。あなたのお名前を聞かせてください」「わしはな、弘法大師だ」と言い、隣の村へ行った。それから、後でかけた橋を、うなぎ橋という。村の名前を残っているそうだけど、井戸は弘法井戸とよんで、どんな日照りが続いても水の枯れたことはないそうな。おしまい
群馬県安中市の昔話。今日は土用の丑の日にちなむ日本の民話です。
Re: うなぎ橋 - sisi
2025/09/28 (Sun) 02:28:09
ご無沙汰しています。
「小僧のお茶」(福井県おおい町の昔話)
むかし、和尚に、いつでも良い加減をした。ええお茶を小僧が持ってくる。こしらえるところ、そっと襖の陰から見ている。そしたら、小僧が、吐き出してから飲んで加減した。(おしまい)
「白サギ女房」(島根県安来市の昔話)
むかし、爺さんと婆さんがおり、婆さんが機織りした反物を爺さんが町へ売りに行く途中、網に引っかかる白サギがかわいそうな姿がいた。爺さんがその網を取り出し、白サギを逃した。ところが網かけた人がきて、顔合わせないうちに急いで金の代わりに反物をおいた。「婆さん、すまんことした。網かけの白サギがかわいそうでな、網かけた人がきて、勝手にサギの代わりにせっかくの反物おいた。」「爺さんが悪くないよ、かわいそうなサギのためですからいいことですよ」晩になると、家の戸を叩く音がして、開けると、色白のきれいな若い女が「あの、いる場所がなくて、私をここでおいて下さい」「ああ、いつでもずっとおってな」と爺さん婆さんが喜んでいうた。女はお礼に、毎日、婆さんの機織りの手伝いした。女も一人で機織りすることになったが「ただし、私が織ってる姿は襖から見ないでください、お願いします」と言うた。老夫婦は約束を守った。こうして、女がみるみるキレイな反物が仕上がり、おかげであの反物が残さず売れてしもうた。ところが、長い日が経ち、老夫婦がどんなか心配なって我慢できず、襖から少しだけ覗くと、なんと、あの女が、爺さんが助けた白サギの姿だ。少し開けただけでも約束は破ってしもうた。「爺さん、婆さん、さようなら」と白サギが空へ飛び去った。(おしまい)
Re: うなぎ橋 - sisi
2025/09/30 (Tue) 22:48:27
「目ひとつ五郎」(宮崎県日南市の昔話)
むかし、飫肥の町に春造という駄賃とりがおり、子供と遊ぶことが好きでした。
ある冬の日のこと、春造どんが、馬をひいて油津の港のまで魚を買いに行き、その帰り道のこと。むかしの飫肥鉄道は、田んぼの中の一本道で、えらいさびしい道じゃった。
もう日ぐれ近く、春造どんは馬の手綱をひきひき、いそぎ足に帰ってきたんじゃ。馬の背には、魚がどっさりつまれた。
ちょうど、一里松から星倉の坂へかかったところじゃったが、後ろから、「おーい、おーい。」と、呼ぶ声がきこえてきたげな。ふりかえって見ると、はるかむこうのほうから、小さな小僧が手をふりあげ、おうてくるではないか。「あれは、話をきいとった目ひとつ五郎にちがいねえ。」春造どんは、すぐにびんときた。目ひとつ五郎ちゅうのは、山に住む目がひとつの小僧じゃが、小さなくせにえらい強いやつで、日ぐれに山からおりてきては、人をとらえて食うという噂じゃ。春造どんは青くなり、馬をせかして、せっせとにげたげな。じゃが、目ひとつ五郎の声は、もうすぐ後ろからひびいてきたんじゃ。
「おーい、おーい。魚を食わせろやあ。」
これはかなわぬ、とかんねんした春造どんは、せっかく買うてきた魚を一匹残さずに魚をなげすててしもうた。目ひとつ五郎が、魚をがつがつ食いよるすきに、春造どんは、馬にのってにげだしたが、馬までおじけづいて、おたおたする。馬をしかりつけるやら、あやすやら、春造どんは手綱をひき、精一杯にげた。じゃが、目ひとつ五郎は、山ほどあった魚をべろりとたいらげてしまうと、なおもおうてきて、 大きな声で叫んだ。
「おーい、おーい。馬も食わせろやあ。」
馬は、駄賃とりにとっては、命の次に大事なものよ。じゃが、命にはかえられぬ。春造どんは、かわいい馬までおきざりにして、命からがらにげた。目ひとつ五郎は、今度は馬までべろりとたいらげると、ますます大きな声でおらびながらおうてくる。
「おーい、おーい。今度は、おめえを食わせろやあ。」春造どんは城下の町をめざして、命からがら走った。と、街道沿いに、古びた一軒家がたっておった。春造どんは必死になって、トントン、トソトンと戸をたたいたが、誰もでてこん。後ろからは、目ひとつ五郎がせまってくる。春造どんは、勝手に戸をあけて家の中に転げこみ、震えながら天井裏にはいあがると、すみのほうに身をひそめておった。
しばらくすると、ゴトンと戸のあく音がして、この家の人が帰ってきた気配がした。ほっとした春造どんがおりていこうとしたところ、下から、ひとりごとがきこえてきた。
「やーれ、やれ、今日は、ごちそうにありつけたわい。魚も馬もうまかった。人も食えりゃあ、なおいがったかなあ。あーあ、はらいっぺえで眠くなったら、どこで寝るかい。あたたかければ天井裏にのぼって眠りたい。
寒けりゃあ、台所のまん中にはいって眠ろうかい」「なんと、なんと。ここは目ひとつ五郎めの家じゃったかい。」
春造どんは、びっくらして、息もとまりそうじゃったが、震えながらも、両手をあわせ、いっしんにお祈りした。
(天狗どん、天狗どん、愛宕神社の天狗どんよ。どうぞ、どうぞ、冷たい風をふかしてく
ださい)
すると、たちまち冷たい風がビュービュー、ビューンとふいてきた。「うー。さむさむさむ。こんげさむけりゃあ、天井裏はむりじゃ、釜にはいらねば」
目ひとつ玉郎は、釜の中に入って、自分で蓋までかぶせてしもうた。
そこで春造どんは、そっと音のせんように天井裏からおりて、ぬき足、さし足、しのび足、外から大きな石をかかえてきて、釜の蓋の上にずしりとのせた。
「今に見ちょれよ、目ひとつ五郎め。」
春造どんは、裏山へいって、なたでカチン、カチン、カチンとかれ木をきりたおした。
釜の中、目ひとつ五郎、のんきに歌う。
カチカチどんのきいやった カチカチどんの きいやった
春造どんは、たおしたかれ木をゾロゾロ、ゾロゾロとひきずって、釜のそばまで運んできた。釜の中、目ひとつ五郎、のんきに歌う。
ゾロゾロどんのきいかった
ゾロゾゃどんの きいやった
「目ひとつ五郎め、今に見ちょれよな。」
春造どんは、かれ木を釜の下に、ほうりこみ、火をつけた、愛宕山の天狗どんの風のおかげで、火は、ボーボー、ボーボーと、威勢よくもえあがった。だが、むかしの釜の鉄はぶあつくてなあ、すぐには熱くならん。目ひとつ五郎は、まだまだのんきに歌う。
ボーボーどんの きいやったボーボーどんの きいやった
それでも、そのうちには、ちくちく熱くなる。「かいい、かいい。ノミが食うか、シラミが食うか」といいよるうちに、「あらい、あちい。あち、あち、あち。あいてて、ててて。たすけてくれえ、たすけてくれ」
目ひとつ五郎は釜の中で、どんどこ暴れだした。蓋の上の大石までゴトゴトゆれだした。ちょうど、飯が炊けるときみたいなあんばい。 「たすけてくれとは、なにをぬかすか。目ひとつ五郎め、わしの大事な魚やら馬やら食いやがって」大声でおらぶと、春造どん、一軒家をとびだして、走り走り、町までにげ帰ってきた、目ひとつ五郎は、さて、その後、どうしたかのう。(おしまい)
Re: うなぎ橋 - sisi
2025/10/01 (Wed) 20:43:16
「豆狸」(滋賀県高島市の昔話)
むかし、琵琶湖の西の方に山に囲まれた小さな村があり、村外れの小川には丸木橋がかかり橋の下に、いつの頃か、くりくりした丸い目の一匹の狸が住んでおった。昼間はおとなしく草むらの穴の中に潜っていたが夜になるとごそごそと出てきては野ネズミや魚や蛙をとって食べたり鶏小屋に忍び込んでは鶏を取ったりしていたずらする。村人たちはこのたぬきのことを、豆狸と呼んでいました。そして、あんまりいたずらがひどいので、「豆狸をとらえて、狸汁にしてくうか」などと、言い合ってました。月の明るい晩のこと、豆狸が退屈すると、ちょうどそこへ、ボロをまとい、破れた草履を履いた婆さんが1人でやってきた。「沸かすのに家のが来たか」豆狸はポンと腹を叩き、木の葉を1枚、頭に乗せると、「ドロンドロン」たちまち、一つ目小僧に早変わりし、婆さんの前に立ちふさがりました。婆さんは突然現れた一つ目小僧見て「かわいいポーズがいる、かわいいなぁ」と、ニタニタ笑いながら頭を撫でた。「チェッ、ちっとも怖くない。かわいいとは俺を馬鹿にしたな」豆狸は怒りながら、「ほな、これでどうや」と、頭一本、花をさして、「ドロンドロン」美しい娘に化けた。けれど、この娘の首は、にょろにょろと長いろくろ首でした。婆さんは、これを見て、「もっと首が長くなれば長くなれよ」と、ありったけの力を出して、三つ目大入道になって、婆さんにつかみかかりました。「でかいなー」婆さんは、ケラケラ笑いながら、大入道の足に抱きついて離しません。慌てたのは豆狸です。「婆さんを脅かして、腰でも抜かしてやろうと、ありったけの化け方を使ったのに、怖がり夜どころか、大喜びしてるわ」豆狸は、すっかり呆れた。明くる朝、「面白かったわ。私は昨夜の橋の上で、面白いこと見たわ」と、婆さんは、村中触れて回りました。「何やろな」村人たちは、一人、二人と小川の丸木橋にやってきました。マルキ橋の下には負けても負けても婆さんを脅かすことをできない鍋なう気がすっかり疲れて、白い腹を上にして、ひっくり返った。「あはははは、食べ歩き、お前の負けだ。この婆さんは出でちっとも気が狂ってるんや、それをお前は知らんだけやな」みんな大笑いした。豆狸をとらえた村人たちは「可愛い顔しているのに、狸汁にしては、食うのもかわいそうやなぁ、もう、いたずらできるように、頭やばい逃がしてやるか」と、山の麓まで連れて行き、豆狸の縄をといた。嬉しそうな豆狸は、くりくりとした丸い瞳を振り向き、山へ入ってきました。月の明るい夜は、山奥の方から、ぽんぽこぽん、ぽんぽこぽんと腹づつみをうつ音を聞くたびに、村人たちは「豆狸は、もうすっかり大きくなったな」と、逃がしてやった狸のことを思い出しているのでした。(おしまい)
Re: うなぎ橋 - sisi
2026/06/10 (Wed) 09:40:23
「雷様の置き土産」(三重県桑名市の昔話)
むかし、桑名の村に一人の知恵のうまいばあさんがおった。ある日、家で昼寝するときのこと、村中、雷がゴロゴロピカピカドカーンと鳴りだし、夕立が降った。「助けてくれ〜」と叫び声がして、なんと、ばあさんの井戸のなかに雷様が落ちていた。「雷鳴らすからバチ当たるからよ、情けないな」とばあさんはうんざりしたが井戸に縄を入れた。「ほら、助けてやるから、縄を持って昇れ」雷様は縄で昇り、やっと井戸から抜け出した。「あ、ありがとうございます、もうこの村ではに度悪さをしません」「そりゃあよかったな、じゃあ、助けてくれたお礼に、お前とこからのうまいもんの置き土産を置け」「うまいもん、わかりました」雷様のへそを叩くと、「わしらの名物で、へその佃煮だ。天下のうまいもんだから召し上がってください」と置き土産にした。「すまんな」とばあさんは喜んだ。だが実は、この地の川や海でとれたはまぐりのことをへそという。雷様の本当のへそを出すわけではない、つまり、はまぐりの佃煮ことだ。のちの名物のはまぐりのしぐれ煮であるそうな。(おしまい)
Re: うなぎ橋 - sisi
2026/06/10 (Wed) 16:03:03
「鬼のお灸」(静岡県焼津市の昔話)
むかし、焼津の村に夜によく現れては畑作物を荒らす大暴れの鬼がいた。困り果てた村の知恵娘は一計を案じて鬼に近づきました。「お前さん、最近体がだるいだろう。もっと強くなる特効薬をあげよう」だまされた鬼がうつ伏せになると、知恵娘は鬼の背中に山盛りのもぐさを載せ、火をつけた。「熱い、熱い! 助けてくれ!」大火傷のような熱さに、さしもの鬼ものたうち回り、涙を流して降参した。「もう二度と悪さしないから、お灸だけは勘弁してくれ!」それから、鬼はすっかり大人しくなり、村の力仕事を手伝うようになった。この話からは焼津では親の言うことを聞かない子に「鬼にお灸を据えられるぞ(ツカレルぞ)」と言って、しつけるようになったそうな。(おしまい)
焼津の海だワン!
Re: うなぎ橋 - sisi
2026/06/10 (Wed) 19:14:55
「一本の大木」(大阪府高石市の昔話)
むかし、広い野原の一郭に、ある日突然、家が建ち、人が住むようになりました。
人の住む家は、一軒二軒とふえていき、村の形をなすまでになりました。が、 まだ村の名がつくまでにはなっていませんでした。どうせつけるなら、いい名をつけたいと村長たちがいろいろとかんがえていたからです。
「はよ、村に名をつけてもらわんことにゃ、他の村の連中に会うても肩名がせもうての」 「ほんまじゃ。けどのぅ、つけるからにゃ、他の村のやつらに自慢できるような、ええ名がほしいもんじゃ」 村人たちは、 は、寄るとさわると自分たちの村に、はやくいい名がついてほしいと言い合うのでした。
そんなある日のことでした。村人の一人が村はずれに、ちょっと変わっている木が一本はえているのを発見しました。この木は、ふしぎなことにぐんぐん大きくそだち、みるまに天にもとどきそうな大木となりました。なにしろその影ときたら、朝には淡路島まで伸び、夕方には河内と大和の境の二上山まで覆うほどでした。「まるで化物じゃ」
村びとたちはそう言いながら、朝起きるとかならずこの木のてっぺんを見上げるのです。それは、梢にかかる雲のようすで、その日のお天気がわかるからでした。「たぐいまれな立派な大木じゃ」ごらんになった天子さままで、おほめになるほどでした。
だが、これほどの大木でも寿命からのがれることはできません。ついに最後のときがおとずれました。
すっかり枯れきると、あちこちから大勢のひとたちがあつまってきて、何日もかかってやっと伐り倒しました。するとだれかが、これで舟を造ろう、と言い出しました。
それがいい、それがいいということで、みんなちからを合せ、立派な丸木舟を造りました。さっそく海に浮べると、これはまたどうしたことでしょう、すごいスピードで進むではありませんか。播州へでも紀州へでもあっというまにいってしまいます。あまりにもはやいので、舟べりに網をおろしているだけでたくさんの魚がとれるのでした。
としつき歳月がたって、丸木舟も朽ちて用が立たなくなりました。人々は嘆き悲しみながらも、薪にし、それで大きな釜に入れた海水を煮ました。たちまちたくさんのきれいな塩ができました。そうして、そのときできた所を田畑にまくと、とたんに作物のできがよくなったではありませんか。それだけではありません。残してある木で琴を作って弾いたところ、妙なる音色を出し、それがまわりの七つの村まで流れ、人々をうっとりとさせました。
一本の大木が、そこに住む人たちの生活から心まで豊かにした。
「これこそ、富をくれたんじゃ」
今までなかった村に、富木という名をつけた。(おしまい)
やいづの森のロープウェイだけワン楽しい!
Re: うなぎ橋 - sisi
2026/06/11 (Thu) 06:28:16
「マンボウのたたり」(静岡県焼津市の昔話)
むかし、ある漁師の町に海でマンボウを見つけると、大漁を呼び込むめでたい魚として、みんな大喜びで捕まえた。しかし、この町には一つだけの掟があった。「お腹に赤ちゃんのいるお父うは絶対にマンボウに銛(もり)を打ってはいけない」という。ある日、もうすぐ子どもが生まれる若い漁師が海で大きなマンボウを見つけた。「今捕まえれば、大漁になって金が手に入る。生まれてくる子供のために、いい服を買ってやれるぞ」漁師は決まりを忘れ、思わず銛を投げた。ところが、手元が狂って銛はマンボウの体をかすめ、マンザイは傷を負ったまま海の底へ逃げて行ってしもうた。数ヶ月後、元気な男の子が生まれた。しかし、その子の背中には、まるで銛が当たったかのような、赤くて大きなあざがあった。漁師はマンボウを傷つけたたたりを激しく後悔した。それからは、生き物の命を大切にし、海の神様に毎日お祈りを捧げながら、子供を育てたという。(おしまい)
Re: うなぎ橋 - sisi
2026/07/03 (Fri) 06:24:23
「小夜姫と大蛇」(岩手県奥州市の昔話)
むかしむかし、奥州には、欲張りな高山長者の嫁は欲張りすぎました。ある日、頭に角がみるみる生え、凄まじいほどの大蛇になってしもうた。大蛇になった嫁は、近くの大きな沼にすみつき、「毎年は神様への供え物として、村の女の子をいけにえにしろ!」と村人を困らせました。
そこへ、遥か遠い九州の国から小夜姫(さよひめ)という心優しく強い女の子がやってきた。
小夜姫は村ききに子供の身がわりになり、大蛇のいる沼へと向かいます。夜になり、沼から大きな音を立てて、目を光らせた大蛇が現れました。
大蛇が小夜姫を一口で飲み込もうとしたそのときでした。小夜姫が静かに手を合わせて、一生懸命にお経を唱えはじめた。
すると、どういうことか、小夜姫の体から、まぶしい光があふれ出した。
その光に包まれた大蛇は、暴れるのをやめ、涙を流しながら静かに沼の底へと帰っていった。こうして、小夜姫の強い心によって大蛇はしずまり、村にはまた平和がもどったそうな。(おしまい)
Re: うなぎ橋 - sisi
2026/07/05 (Sun) 20:48:10
「草葉の陰から」(大分県の昔話)
むかし、ある夏、ヒゲ面の男が山道を通っていたが、あんまり暑いので木陰で草むらで休んでいたら気持ちよくうたた寝していた。そこへ向こうの方から街へ買い物に行って帰りのとか通りかかったそうな。男は買いたてのカミソリを持ってたが眠っている男を見ると、「これはちょうどいい、こんなカミソリ、切るか切れるか試そう」と、独り言を言うて、男のそばに行って、頭の毛を剃り始めた。半分ばかり剃り上げたところ、眠ってる男が良い気持ちで寝返りしたので、続いて残りの半分も取り上げて、とと丸坊主にしてしまった。「ついでにヒゲもきれいに剃っちゃおう」と言うて、顔からアゴの下までスッキリ剃り上げ、その男は立ち去って行った。しばらくのうち、眠った男は目覚まし、頭がスースとして、手で触ると、丸坊主になってしまった。「これは大変だ。眠ってる間に、死んでしもた。亡者になってしもうた、仕方ない。よく年寄りたちが西の方には極楽があると言い寄った。そこへ行こう」と決心して、西のほうにどんどん歩いていくと、しばらくお寺に着いた。「極楽はここしかないな」と言って、寺の中に入ると、大きな蓮の池に蓮の花が咲いておった。「そうそう、極楽じゃ仏さんは蓮の葉の上に座るとか聞いておったが、わしも仏さんの仲間に入ろう」といて、池の中に入ると、蓮の葉に上に上がると、蓮の葉はすぐぶくぶく水の中に沈んでしまい、上がることができなかった。そうしているところに、寺の中から小僧が出てきた、「お前は何をしてるのか、帰れ帰れ」と言って、竹ホウキを振り上げて追い出した。男は「極楽と言うところは良いところと聞いておったが、人間の世界とあんまり違うなあ。怖いことか」と言い、その寺を出て、またどんどん行くと道端の家々に七夕竹が立っているのを見つけた。
「そうか、今日は七月七日が七夕か。お盆のお中日に近い。お中日には死んだ亡者どもみんな家に帰るとか言うから、わしも帰らなければ」と言うて、元来た道をどんどん家を引き返し、自分の家にやっと帰り着いたそうな。そしたら、座敷に上がって、仏壇の中にちょこんと座っていると、男の奥さんは、「うちの人が出ていて何日になろうか。今だに帰ってこんところを見ると、おおかたどっかじ死んだんじゃろう。今日はお盆だから、せめて仏さんに供えてあげましょう」と言うて、座敷に入ると、仏壇の中に見たこともない大入道が座っていたそうな。女房は驚き、カタンと襖を閉めてしもうたので、男は「ああ、苦しいことじゃ、死んだからは、我が奥さんからも嫌われる」と言うて、泣く泣く庭に降りると、日本は久しく手入れをしないので草がボーボーと生えている。女房は女房で、娘に向かい、「ああ、父ちゃんが死んじゃった、お腹ばかりだから思って、仏壇にまで見も知らん大入道が現れて、馬鹿にしてる。死んだ途端も、さぞかしい草葉の陰からこれを見て、悲しんでるじゃろう」と言ってるが、男の耳に入ったそうな。男はつかず、「あー、草場の鍵から見てる、聞いてる」と叫んだそうな。(おしまい)
これは浜松市と湖西市にまたがる浜名湖。
Re: うなぎ橋 - sisi
2026/08/23 (Sun) 00:32:33
「えびの塗り」(石川県の昔話)
むかし、あるおどけた男が用事があって、ちょっとばかり遠く離れた町へ出かけたが、その日は宿屋にとまることにした。すると、その晩のお膳の上に、それはそれは大きな伊勢えびが出ましたので、男は喜んで、「ホホー。こりゃあ、何とまあおいしそうな、大きなえびだべ。それにしても、このえびがこんな真赤な色をしてるんのは、一体何を塗ったんかいなあ」と思いましたので、女中さんに向かって、そのわけをたずねました。女中さんはクスクス笑いながら、男に向って「えびは煮れば、自然に赤うなるやぞい」と言い、教えてくれた。そこで男は「煮るときは何でも赤うなるのか」と重ねてたずねると、「煮れば、生のときと知りときと、色がかわるけん」と答えました。男は早速そのあと追うようにして、「ほんなら、あの伏見稲荷はんの鳥居は大きなもんじゃが、ありゃ何に入れても煮たんか」これには女中は、あきれ顔をして。「まあ、この人ったら、わけのわからんことを何でも聞く人やな。あの赤い鳥居は塗ったもんじゃ。塗れば何でも色がかわるよ」
「ああ、そうか。塗れば何でもがかわるんか、おかしなもんやなあ、唐辛子の赤いのは、どういう薬を塗ったもんじゃろな。教えてくれるか」「こりゃ、おかしな人や、とても相手になってはおられん」と口に手をあてたまま逃げるようにして、部屋から出ていってしまった。(おしまい)
「鶴柿」(山口県周南市の昔話)
むかし、山口の八代という山奥の村に優しい爺さんが住んでいた。ある秋、爺さんはカラスにいじめられて泣いている鶴の親子を見つけた。「可哀想に。これこれ、いじめてはならん」爺さんはカラスを追い払い、腹をすかせた鶴に赤く実った甘い柿をパクリと食べさせてあげた。鶴は嬉しそうに「クルリ、クルリ」と鳴いて空へ飛んでいった。冬が来て、爺さんの家で留守番をしていた小さな孫が柿の種をのどに詰まらせてしもうた。「う~ん」と苦しむ孫を見て、爺さんは大慌て。「だれか、助けておくれ!」するとその時、パタパタと羽の音がして、あの時の鶴が窓から入ってきた。ツルは長いクチバシをゆっくり使い、孫ののどから種を取り出してくれた。おかげで孫は元気な姿に戻った。爺さんは「ありがとうな」と大喜びで鶴に何度も言いました。それからというもの、この村の干し柿は鶴が助けてくれたことに感謝して、鶴柿とよばれるようになった。(おしまい)
Re: うなぎ橋 - sisi
2026/08/23 (Sun) 00:53:04
「神崎の鯉」(兵庫県尼崎市の昔話)
むかしむかしの大むかし。天地で作られた、イザナギの男神とイザナミの女神の間に沢山の子供がおったが最後に生まれた。三人は最も優れた神々であった。光り輝く女神の天照大神と男神のツクヨイノミコト。そして大きくたくましい男神スサノオノミコト、その三人の子供に父のイザナギの神はそれぞれの国を治めるように言いつけた。ところが困ったことに 一番下のスサノオのみことだけは 母の イザナミの神がなくなられたことを悲しんで毎日泣いてばかりした。それも長い髭を胸まで だらりと 垂らし 赤ん坊みたいに足をバタバタさせて、大層見苦しい姿で大声で泣きわめく。父のイザナギはそんなスサノオのミコトにほどほど呆れ果て「とうとうお前のようなものは勝手にせい」そう言って家から追い出された。スサノオの命は仕方なく姉の天照大神のところへお別れに行った。しかし、姉神は、ドシンドシンと地響きさせてくる乱暴な弟神に自分の国を取られると思い込み、天岩戸に隠れ、神様たち、それは困った。天照大神は日の神であったから、岩戸に隠れられて 世の中は 真っ暗闇になってしもうた。 神々は相談してやっとのことで狼を泡の岩戸からお連れしたがスサノオノミコトが気に入らない。「人間の世界は行ってもらおう」という。長いむさ苦しいひげと長い爪を切り取って天から追い出してしもうた。さて、下界へ追い出されたスサノオノミコトはたった一人で山を越え海を渡っていろんな国を歩かれた。 神崎川のほとりにさしかかった時、あたりの賊が急に現れて見事に襲いかかってきた。賊は大勢、ミコトは一人。取り囲まれて、逃げ場がない。後ろは神崎川、「ああ、もう逃げられない」あきらめて、父のイザナギから送られた、両手に巻きつけている玉の腕輪を川へめがけてパッと投げ入れた。糸の切れた五色の玉はキラキラと空に飛び散り、日の光を受けたまま水の底へ沈んでいったかに見えた。ミコトは驚いた。川底から来るわ来るわ、すごい数の錦鯉が群がって、あっという間に橋となった。ミコトは「これはありがたい」と鯉の背中をひょいひょいと飛ぶように渡り、向こう岸にたどり着かれたという。スサノオノミコトが鯉に助けられ、危うく賊から逃れらたこの話は後の世に長く伝えられた。今の世にも、この話は残り、神崎に住む人は鯉を食べることはない。(おしまい)
クリスマス2013 - sisi
2013/11/27 (Wed) 21:14:26
Re: クリスマス2013 - sisi
2020/12/12 (Sat) 13:07:03
こんな話あります。
宝の下の鶴、宮崎市、昔、大淀川の下北の高台に七兵衛という男がいました。ある日、七兵衛が高台の崖の上で馬草を刈ると、大淀川の宝の下という淵に一話の鶴が舞い降りた。これは、きれいな鶴だ。役人に知らせなければ、ご褒美もらえるかもなぁ。と七兵衛はこうつぶやくと、鎌を投げ捨ててお城へ出かけていきました。七兵衛の知らせによって、狩野好きな役人がやってきて、一発のもとに鶴を仕止めてしまったので、ご褒美のお金をいただきました。
ところがこれを知った村人たちは七兵衛は、強欲な人間で昔から宝の下に魔神ガ住んでると言って、だれもよって行かない所なのに、今の七兵衛のやつは、あの祟りが来るかもしれない。とうわさをしていました。村人たちの噂はたがわずに、そのあたりが起きてしまいましたその日の夜になると、七兵衛は夜中に夢に怯えてふらふらと床を抜け出して彷徨始めました。七兵衛は血の気を失いブルブルと怪しい起こりに取り付かれていました。もちろん寝静まった家の人は、誰1人としてそれに気づきませんでした。夜明け近くになり、厩の2階に寝ていた下男ノ与吉は不気味な噂の声に目を覚ましました。何の音だ。と恐る恐る様子を降りて行ったのですが、ところが与吉はすっかり驚いてしまった。厩の片隅に血のしたたる鎌を投げ出して、全身血まみれになった七兵衛が倒れていた。七兵衛は草刈鎌で、自分の首をかき切ったのですが、死にきれずあたりをのたうちまわっていた。騒ぎに起こされた家の人たちが、慌ただしくかけてきましたが、まもなく七兵衛の息はたえてしまいました。それだけではない。ツルの祟りはその夜も続き、七兵衛の家に飼っていた猫や鶏が姿を消し、元気な馬も一夜のうちに死んでしまいました。 あれは宝の下の魔神が怒りだし、鶴の祟りに間違いない。
恐れる村人たちのすすめで七兵衛一家は土地を離立てれた。
そして、宝の下の崖に、小さな祠をて奉りました。終わり
Re: クリスマス2013 - sisi
2022/06/23 (Thu) 23:16:46
「七福神の井戸」
(青森県黒石市の昔話)
むかしの明治5年の11月4日のことである。青森は、黒石の町はずれの野際の部落に、水のみ百姓の岩次郎というものがおり、その娘におたみと言う働き者がいた。16歳である。この岩次郎のところに近頃、米と小判が湧く言う。隣近所の者はそれを聞いて、変な陰口を叩くものもいた。「岩次郎のやつ、働き者だと思い、朝晩、よそのものをかすめて、ため込んだのでは無いのか。白米だの拒んだの、湧いてくるなんて、聞いたことない。」もちろん、岩次郎は、そんなことをする男ではない。朝から晩まで田畑で働いた暮らしは一向に良くならなかった。だが、人のものを盗んだまで、楽をしようと思う心など、これっぽっちもない、いたって正直者でした。おたみにしても同じこと。家のためにも、そろそろ娘の話も出ている自分のためにも、もう少しましな暮らしをしたいと毎日頑張っていたが、よそのものに手をつけることだけは神仏に誓ってすることがなかった。
その日の朝早く、おたみは水汲みに行こうと、つるべのところに袋が1つあった。口が開いてあったので見ると、中には白米一升ぐらいとその上に小判が1枚のっていた。この袋は心では見たこともない絹でできていた。隣近所に聞いてみたが誰も知らないという。どこから来たか騒いでいるうちにその日はくれた。
翌日、おたみはまた、朝早く井戸へ行ったらなんと、昨日と同じものが同じところにあるのではないか。
「父ちゃん、また、同じどこに、同じ物が出てるよ。」
おたみは、すっとんと声を上げて家の鍵かけむしろ大付飛ばしして走り込んでいった。「どれどれ。」父も母も、草履も履かずに走ってきたが、やっぱり同じところに同じものがあるではないか。「おらたちさ、くれるのかな。誰が、だれがこんなこと、するのかな。」いろいろ言ってみた。触ってみると、綺麗な白米と小判でした。
次の日は、あまりいい天気ではなかったが、どこの家でも作業場で稲こきをしていた。おたみも西側に小窓を一つしかない作業場で一生懸命いなこぎしていた。お昼過ぎ、どーん、どーん、どーんと底鳴りするような気がした。おたみは耳をすましたが、気のせいだろうと思い、そのまま仕事を続けた。そのうち、「ドサッ。」「チャリン。」という音と一緒にあの小窓から、またも白米一升と小判一枚投げ込まれたのである。びっくりしたおたみが小窓に駆け寄った時、外には何も見えなかった。ただ裏のサワラの木がかすかに揺れた。
「おたみー、おたみー。」
と、何か困ったような声で呼ばれているような気がして、みみをすますと、声は井戸の中から聞こえてくるようになった。おっかない半分で、小田実が井戸の中を覗くと、なんと、中には美しく着飾った女が立っていました。その顔は全く弁天様のようでした。女は、おたみに言った。「私は川の神ですが、心配しなくてもいい。おたみ、私と一緒においで、あと一時もすれば、またあなたをここへ返してあげます。あなたに頼みたいことがあります。それが終わったら御礼もうします。さあ。」その声を聞いていたおたみは、いや、もうなんにもないうちに魂が引きずりこまれるようになり、女と連れ立って井戸の中へ入っていった。入ったところを見回すと、そこはまるで殿様屋敷みたいに思われるほどが広く大きく、あたりには、米俵に小判に魚が山山々積まれていた。そしてまたあの女の声がしました。「ここにいるのは、みんな私の兄弟でございます。」よく見ると、その人たちは、七福神そっくりでした。大黒様に恵比寿様に毘沙門天様に福禄寿様に寿老人様に布袋様にそれにあの弁天様。みんな笑顔なのに毘沙門天様だけは怒ったような顔に見えた。7人揃って、「ようこそ、おたみ、さあどうぞ。」と喜んで迎えてくれた。弁天様は言った。「おたみ、私たちの所では、今日、お祝いがある日なので、でもこの通り、女は私1人だけで、とても手がまわりかねるのですよ。すまないがお手伝いしてください。」頼まれたおたみは、それが全く当たり前みたいに思い、早速、お酌したり、ご馳走を運んだ。無理に杯でお付き合いもさせられた。おたみの仕事が止まったきりで、おかしいと思っても外へ出てみた岩次郎は、おたみが井戸端で、眠るように倒れているのを見つけた。急いで娘を家の中へ運び、青くなって手当てしました。まもなくおたみは正気にかえった。驚いたことに、おたみが手のひらを開くと、両手に1枚ずつ小判が握られていた。おたみから、話を聞いた岩次郎も妻も、もったいないことだというので、それから毎日1度、お神酒と白米のご飯をあげることにしました。ところが、それから、4、5日したある朝早く、またも井戸の中から、弁天様が出てきて、「おたみ、白米はお供えしなくても良い。お神酒だけ良いのじゃ。お供えした後のお神酒は、決してよその人で飲ませないで、あなたたち三人だけ飲みなさい。約束ですよ。」と言って姿を消した。おたみの話は野際の部落じゅうに広まり、そのうちに、おたみにあやかろうとする者も出たが、どうしたものか、おたみは、その後、他人の前に出ると誰が誰やら見分けがつかなくなり、男の人を見ると、「毘沙門天様、大黒様。」と言って、両手を合わせ、女の人を見ると、「弁天様、弁天様。」と言って拝み、後は一言も口が聞けなくなったという。おたみはその後、1年もたたない秋の十五夜の前日、ぽっくり死んでしまいました。岩次郎は、あれから、一度にお神酒を欠かしたことがなかったし、岩次郎の死後も、この井戸は、おたみ井戸とか、七福神の井戸とよばれ、長く祭られていたという。
おしまい
Re: クリスマス2013 - sisi
2022/07/03 (Sun) 09:57:45
おはようございます。
こんなお話がありますよ。
「滝壺に沈んだ刀」 (大阪府箕面市の昔話)
むかしむかし、ある山に。
1人の侍が箕面の滝へ見物にやってきました。「おー、こりゃ、見事な滝や。帰り道からええ機会でよかった。滝の水も冷たいな。気持ちいいな、水浴びするぞ。」
侍は刀を置いて、思い切って水浴びをしました。
すると、置いてた刀はいきなり、猿が盗んだ。
「おーい、猿よ、それはわしの大事な刀や、返してくれ!返さなければ、滝に沈めるぞ!」
刀を持っていく猿は侍が追いかけてきた。
あの猿の走りはなんて速いこと。
なんと、猿の手が崖の下から滝壺の水面に刀を落としてしまい、見えないほど沈んでしまった。
「わ、わしの刀が」と、侍はショックおこし、仕方なく、ザブン!と、滝壺の水面に潜り込んだ。刀は武士にとっての一番の命である。潜る侍は刀が見つかったと思い、なんと木の枝だった。途中水面から上がった侍は、目の前に不動様がいました。侍はすぐに不動様に向かって拝むと、「不動様、わしの大切な命の刀が、あの滝に落としてしまいました。刀がないと武士はもう終わりです。どうか、わしの刀を出てくるようお願いします。あれ、不動様、汚れてますね、わしがキレイにしましょう。」
侍は雑草を抜いた。不動様の汚れた体に布巾の代わりに雑草でキレイに拭き取ると、最後に不動様の足の裏をしっかり磨くと、不動様がくすぐるほどケラケラ笑った。
「不動様がしゃべった。」と侍はびっくりした。
「お前の話はよく聞いた。いいか、今から17日間、わしのお祈りをするんだ、垂水村の泉に行き、そこには刀が流れていくんや。」
「あ、ありがとうございます。」
侍は早速、17日間の祈りをしてから、不動様の言われたこと信じ、千里山の麓の垂水村に行きました。垂水村の泉に着くと、なんと、侍の刀が見つかった。「あったぞ!わしの大事な刀や!」と、侍は涙を流しながら、武士を続けることが安心できました。
あの今まで流れていた刀は箕面の滝壺の底に吹田の江坂にある垂水神社に通っていた。ほんまに刀が見つかったのも不思議なことだ。
(おしまい)
この画像似顔絵は、タレントの雪平莉左です。
Re: クリスマス2013 - sisi
2022/10/20 (Thu) 16:26:53
「ザオンドの河童」(福島県南会津町の昔話)
ザオンドというのは、南会津の阿賀野川源流の荒海川の中に岩場がある。ザオンドにいるのは河童がいました。
むかし、ザオンドの河童が馬を取ろうとしたところ、馬の方が強くて逆にうまやへ馬の尻尾を引っ張り込んでし まった。
馬の主は、飼葉桶をひっくり返していたそのなかに河童が隠れているところを見つかってしまった。馬の主は河童を捕えると、顔面をぶん殴った。「どうかお願いします。これから決してあなたさまに悪戯をしないから勘弁してください。」と河童は涙を流してあやまる。馬の主から仕方なく許してやると、スパコ (寸白)の薬の処法を伝授して去ったという。当家では近いころまで河童秘伝の家伝薬を出して いた。 (おしまい)
Re: クリスマス2013 - sisi
2022/11/17 (Thu) 06:44:34
おはようございます。
キツツキと雀
滋賀県
大昔、鳥の親が病気で、もうだめだから、子供たちみんな呼んで、ほんで、使いが、そこら中に走った。そしたら雀は、それを聞いてすぐ、着のみ着のままで、「大変だ」と飛んでいった。キツツキは、「早く来いと言われても、私は紅につけたり、お歯黒をつけたり、赤前垂れしたりせんならんし、なかなか行けない。」と言って、美しい化粧してから行ったのでした。鳥の子供たちは、みんなよったけれど、いくら待っても、キツツキは来ず、親は、
「もうあかん、言うことがあるから。」と言うて枕元によせて、
「お前らよく聞いとけ、この親の悪いのに、キツツキの怠け者は、来ない、きたら言っとけ。お前は一日に木の中の虫を3匹とって、1匹は神様に、1匹はご先祖様にあげて、日に1匹より食うな。」スズメには、「なりふり構わず一番先に来てくれてすまない。これから先は、ひもじいめはさせていかん、稲穂が出たら、それを食え。冬には人ののきで何でもとって食え。」と言って、親は死んだので、ほんで雀は今でも、何でも食べ物があって、ひもじいめはさせないから、遅れたキツツキは、親の死に親の死に目に会えない。ほんで一日に1匹の虫でおらんならんのやし、木を突いて取らんならんもんに、晩になると、頭やらクチバシがいたんで、「クチバシがいたいよ。」「頭いたや。」
というて、今で泣きます。
おしまい
Re: クリスマス2013 - sisi
2023/06/11 (Sun) 08:54:21
ご無沙汰していますお元気ですか。タコと猫を話します。
むかし、松の木の下に猫がおった。
猫は陸の上にタコが昼寝しているのを見つけた。
猫は、ちょうど、お腹がすいたので、昼寝しているうちのタコの足を1本ずつ食いちぎったが、たまらなくうまかった。二本目もこれまたうまい。三本目、四本目もほっぺた落ちるほどうまい。五本目、六本目、七本目も、「こりゃうまいにゃん」と食べて幸せだ。あっという間に、タコの足が残り一本となり、猫はお腹いっぱいになるが、最後の一本を食いちぎろうとしたが、なんと、タコが目を覚ました。猫は驚いて逃げようとしたがもう遅い、タコの一本足が猫を締め付け捕まってしまい、海の中へ沈んでしもうた。猫はとうとう死んでしもうた。(おしまい)
これは舞台女優、グラビアアイドルの佐藤望美の似顔絵を描き上げた。
Re: クリスマス2013 - sisi
2023/08/06 (Sun) 20:05:30
ご無沙汰しています。
明日は花の日です。8月7日でゴロ合わせです。
夏の花にちなむ昔話です。
朝顔
東京都の昔話
むかし、江戸には弥八郎と言う侍がおり、夫婦の中にはただ一人の娘がいました。その名前は静と言う。静は、朝顔の花が好きでした。14歳の時、しおり戸の側に、朝顔の蕾を見つけて、こんな歌を作った。いかんならん 色に咲くと あくる夜を 松のとぼその 朝顔の花 父は、この歌を短冊に書いて、妻に見せた。「あの小さな胸にどんな色に花が咲くであろうと、次の朝を待つ頃じゃ。」「はい、理に素直に歌われておりまする。」ところが、哀れなことに、娘の静和、この年の冬、風邪をひいて、短い命の花をちらしてしもうた。残された父と母は、毎日、心がうかなかった。
二人は、娘の思い出を語るのが慰めておった。夏も近いし、ある日のこと。
母が、何気なく娘の手箱を開けてみたら、
小さな紙包みが、いくつも入っていました。そして、どの包みにも細いきれいな字で桃色、空色、しぼり、などと、色の名前が書き記されていた。一色ずつ紙に丁寧に包み、朝顔の種である。(ああ、娘はこの種をまいて、色それぞれの美しい花を咲乃どんなにか見たかったであろう)
そう思うと、母は、たまらなく切なかった。
「せめては、この種をまいて、娘を弔いましょう。」母は庭にその種をまいた。日が経つと、つるが伸びて、蕾がついた。風の涼しい、夏の朝でした。あるじの弥八郎を送り出した後、母はふと、庭の朝顔を見た。すると、美しい1輪の花が咲いていました。そして、花の側には娘の静が立っていました。「おお、静。」母は思わず声をかけた。娘はこっちを向いて、うれしそうににっこりすると、そのまますーっと姿が消えてしまいました。夕方、弥八郎はまだ、しぼまずに、朝顔という美しい色の花が咲いてあった。(おしまい)
Re: クリスマス2013 - sisi
2026/06/11 (Thu) 18:20:20
「午起こし」(三重県四日市市の昔話)
むかしの元禄時代、よく働く若い百姓たちがおった。ある午年のこと、百姓たちは海や荒れだったところを新しく耕して立派な畑や村にすると決めた。「オラたち力をあわせて、新しい土地を起こすぞ!」みんな汗流して、一生懸命に土を掘り、地面を平べったくした。そして、見事に新しい村ができあがった。午年に新しく起こした土地なので、百姓たちはこの地を午起こしとよんだ。今の四日市にある午起(うまおこし)のはじまりである。(おしまい)
Re: クリスマス2013 - sisi
2026/06/21 (Sun) 08:09:09
「踊るしかばね」(東京都の昔話)
むかし、庄屋夫婦がいて、庄屋は真面目で普段から念仏を唱えたりする人でしたが、おかみさんときたら神も仏も信じようとしません。そのうえ働いてる人たちや牛や馬にも情けをかけたことがなくビシビシ働かせて 自分一人贅沢をしていた。ところがある日、ぽっくりと死んでしまった。「あの世のことなどどうでも良いこの世さえ面白ければあとは野となれ山となれなどと言っていた女房だが人並みに葬式をしてやらねばなるまい」庄屋は屍の前にお線香を炊いて手を合わせた。その晩遅く、どこからか笛や太鼓の音が聞こえて、次第に庄屋屋敷の方へ近づいていく すると 女将さんのしかばねがゆっくり起き上がった。そして、笛と太鼓の音色に合わせて 踊り始めた。庄屋もお通夜に集まってきていた人たちも肝つぶし恐ればかりでした。 太鼓の音色は庄屋屋敷の屋根のあたりで しばらく鳴り響き、そのうちに遠ざかり始めた。おかみさんのしかばねも踊りながら音色の方へフラフラと歩いて行きます。「これは大変だ」庄屋は、はっと我に返り、庭の木の枝をへし折り、これを手に、しかばねの後をついた。ズンズン行き、墓があり、鬼火が揺らめいた。笛や太鼓の音色が一段とにぎやかだ。おかみさんのしかばねは音色に合わせ、踊り続く。
庄屋は手にしていた木の枝でしかばねに打ちかかりました。途端にしかばねは、ばったり倒れ、笛や太鼓の音色も ピタッと鳴り止みました 生きていた時の行いが悪かったために守るのに連れて行かれようとしたのだろう 庄屋はしかばねを背負って帰り、あくる日、無事に葬式を出した。(おしまい)
「立たされたピンチ」(埼玉県の昔話)
むかしの平成、仕事の終わる頃に、若い女美容師が物干し竿にかかった洗濯物を取りに行った時のこと その日は特別忙しく、沢山のタオルがありました。同僚の人が「そのまま持ってちゃおうよ」 と言った若い女美容師はてっきり竿ごと担いで持って行くのかと思い込み 後ろ向きで担ぎ持って振り返ったら、なんと誰も 竿なんか持っておらず、ピンチ立たされ、洗濯ばさみをつけたままのタオルを持っているだけ。結局は若い女美容師が何も持たずに店に戻ることになってしまいました。(おしまい)
これは先月、焼津旅行時、伊良湖も見えました。
2013/03/11 (Mon) 10:26:59
Re: 坂 - sisi
2020/12/07 (Mon) 14:18:40
今日もいい昔話あります。
泉小太郎
長野県松本市の昔話。
昔、松本のあたりが大きな湖だった頃のことだ。
その湖の遥か東に、泉小太郎と言う若者が住んでいた。桃太郎には、小さい頃から、父も母もなかった。そんな小太郎を村の子供たちは、「小太郎は蛇の子だ。」とか、「お前の母さんは、産か坂(さかざか)の竜だ。」
などと言って、よくいじめたものでした。
小太郎は、いくらいじめられても平気でしたが、夜になり、母親のいないことを悲しく思った。(オラの母ちゃんは、本当に蛇か竜か。だが、オラ、なんだっていい。いちど、母ちゃんに会ってみたい。)小太郎の母親の思う気持ちは、大きくなるにつれて、だんだんとつのっていった。
「オラの母ちゃんは一体どこにいる。」
小太郎は、暇を見つけては、母親のことを聞いて歩いた。だが、誰も教えてくれる人はいない。
ある日、小太郎にうるさく聞かれた村人が、
「そんなに知りたきゃ、ケヤキのおじのとこへ言って聞いてみろ。」と、こっそり教えてくれた。ケヤキのおじは、部落から少し上った、崖下の大きな洞穴に住んでいる老人でした。小太郎は、家のように歩らない走りました。「おじ。・・・ケヤキのおじ。」入り口で大声を張り上げると、ケヤキのおじが、奥から、杖をついて出てきた。「おじ。オラに教えてくれるか。オラの母ちゃんはどこいるのか。」
「小太郎か。」
「なぁ、おじ。オラに教えてくれ。」
「うん、いずれは、お前に話さなねばならないと思ったが、とうとう、その時が来たか。」
「頼むからオラ、この通りだ。」
小太郎はひざまずくと、おじに向かって手を合わせた。
「小太郎、どんな事を言われても、驚くじゃないぞ。お前の母ちゃんは、竜だった。竜にされて、あの湖に住んでいる。」
ケヤキのおじは、持っていった杖で、夕日を受けてキラキラと光り、湖をさした。
「嘘だ。俺の母ちゃんが竜だなんて、嘘だ。」
「嘘じゃない。小太郎、よく聞け。お前の母ちゃんはな、村一番の働きものだった。朝早くから、夜遅くまで、それはそれは、よく働いた。」
そう言うと、ケヤキのことは、黙って頭を抱え込んでいる小太郎の肩を叩いた。「しかし、小太郎。いくら働いても、ここは狭い土地だ。取れるもんときたら、粟かヒエぐらいしかない貧しい村だ。そのうち、母ちゃんの腹には、お前ができた。お前ができると、母ちゃんは、腹が減って仕方がない。とうとう、隣の畑のものに手を出した。」
おじは、そこで一息ついた。
「なぁ、小太郎。オラの村には、昔から、『人の物に手を出すと、竜に姿を変えられる。』という言い伝えがあった。やっぱり、母ちゃんは、お前を産み落とすと、まもなく中に姿を変えられた。」
語り終わった叔父の目には、涙で潤んでいた。
「小太郎。母ちゃんを恨むじゃないぞ。この狭い土地がいけないのだ。」
ケヤキのおじは、小太郎の手をしっかりと握りしめ、黙っておじの話を聞いていた小太郎は、自分のために竜にされてしまった母親を思い、胸が張り裂けそうでした。その晩、眠らずに考え明かした小太郎は、朝になり、ようやく1つの決心を固めて湖へ向かって駆け出しました。小太郎は、薮をくぐりぬけ、岩をはいよじり、谷を越えて、ようやく2日目の朝、日が湖を照らす頃、寄せては返す波打ち際へたどり着くことができました。
「こんなに広い湖の、どこに母ちゃん竜がいるのか。」
人っ子1人いない岸辺は、ただ松林に当たってうなる風の音ばかりでした。
「母ちゃんー!」
小太郎は、ためらいながらも、母親の名前を呼んだ。それは、小太郎の口をついて出た、はじめての母親の呼ぶ声でした。
小太郎は、母親の名前を呼びながら、岸辺のあちこちを走り回り、しかし、いくら呼んでも聞こえるものは、ただ波の音ばかりだ。
叫び疲れた小太郎が、ぐったりと岸辺の大きな石に身を投げかけた時でした。突然、目の前の水が大きく揺れて竜が姿を現した。小太郎が、恐ろしさに震えた。
「小太郎、私は、お前がこの湖へ来たことを知っていました。よく大きく育ってくれましたね。母さんは、嬉しくて湖の中で泣いていました。でも、お前の驚く姿を考えると、つい、出てこられません。」
そう言って、母親は、大粒の涙を湖の上に落としました。
「小太郎、母さんがどうしてこんな姿になったのか、ケヤキのおじに聞いておくれ。」
「あー、聞いたとも。オラは話を聞いて、一晩中眠れなかった。」
小太郎はそう言って、砂浜を一歩ニ歩と母親に近づいた。「母ちゃん、母ちゃんが悪いわけじゃない。土地のせまさが悪い。土地さえ広がったら、母ちゃんは流に何かされなかった。」
母竜は、きっと小太郎の話を聞いていたが、突然、「よし、小太郎、急いで私の背中に乗っておくれ。これからお前と2人で、岩をぶち砕くのだよ。」と言った。
「母ちゃん、オラにはわからない。岩を打ち砕いて、どうするんだ。」
「この湖の水を流して、広い土地を作り、わかるだろう。」「うん、じっと小太郎の話を聞いていたが、突然、「よし、小太郎よ、急いで私の背中に乗っておくれ。これからお前と2人で、岩をぶち砕くのだよ。」と言った。「母ちゃん、俺にはわからない。岩を打ち砕いて、どうするんだ。」
「この湖の水を流して、広い土地を作り、わかるだろ。」
「うん、わかる。でも、この湖の水は、母ちゃんの大雪の後じゃないの。」
「確かに、この湖がなくなったら、私は、住むことがなくなり、でもね、小太郎、こんなに切ない思いは、私たち親子で、もうたくさんだ。私たちには、村の衆にいじめもされたが、村の衆は、みなしごなったお前を、こんなにも大きく育ててくれた。その恩に親子がむくいよう。母さんは、ありったけの力で岩にぶちあたってみるからね。母さんの目が潰れても体が傷だらけも、しっかりと背中で、かじをとっていておくれ。」
小太郎が背中に乗ると、母竜は、空に向かい首を高々と振り上げた。それから親子の岩にぶつかる音が、行く日も行く日も、周りの山々にこだまして聞こえた。傷ついた竜の体から流れ出す血で、広い湖の水は、日に日に赤く染まった。やがて、母竜が最後の力を振り絞って、岩にぶち当たると、岩に大きな山なりとともに崩れ、湖の水は、滝のように下流に向かい流出した。そして、小太郎も母親も、その水に巻き込まれ、流されていた。まもなく、水はすっかりなくなり、湖の後は、松本平と呼ばれる広い土地に変わり、母竜と小太郎が、その後どうなったか知る人はいない。おしまい
麦の伝来
鹿児島薩摩郡
昔々、薩摩に京順という偉い坊さんがありました。この坊さんは若い頃、唐の国へ渡り、金南寺と言うところで何年も仏法の修行をしていました。そのぼうさんがまだまだ唐の国に滞在している時、かねてからよく出入りしていた知り合いの農家が一見ありました。その農家には、その頃まだ日本には植えられていない、珍しい麦の種子がありました。京順はそれを見て、いつか自分が帰国する時はこの種子をなんとかして土産に持って帰り、日本の百姓たちを作ってやらなければならないと、考えました。いよいよ帰国の日が迫ったある日のこと、京順は暇ごい兼ねてその農家を訪ねました。そして丁寧に今までの友諠に対するお礼を述べました。そして帰るときになり、縁側の下にこぼれ落ちていた麦の種子の3粒を拾って、そちらの顔して出て行きました。ところが、その家の番犬に鍵つけられてしまいました。犬はほえながら、京順を門前まで追いかけてきて、いきなり後ろから足のかかとに噛み付きました。家の主人はびっくりして駆けつけ、気の毒なことをしたといって、その犬を叩き殺してしまいました。ところが京順が犬の死を悲しみ、お経を唱えて年頃に弔ってやりますと、犬はその場で生き返ってきました。
京順は早速、犬の鼻あたりに土を塗って、手当てをしてやりましたが、生き返った犬は今度はしきりに尻尾を振って、和尚の後ろ姿をなごりおしげに見送っていたそうだ。
こうして、麦の種子は日本に伝えられたことでした。
おしまい
河童とちまき
鹿児島
五月の節句はちまきをつくります。灰汁(あく)に浸したもち米を竹の皮に包んで、それをカラソで結んで釜に入れ、長いことにいます。
その辛さは、今では簡単に結んでありますが、昔は厳重で、その結び方も「男結「と「ひっかけ結「の2種類があります。
昔昔のこと。ある男の子はかっぱに取られることになってしまいました。その日が近づき、母親は夜もろくに眠れず、何とかして子供をかっぱに取られないようにしたいと考えておりました。いよいよ、子供がかっぱに取られると言う朝が来ました。母親はちまきを2つ作りました。1つ目のちまきは、辛そうで男結び、もう一つはひっかけ結にしてつくりました。男結びめはちまきは、1人の端を弾けば弾くほど結びめが閉まるようになっており、ひっかけ結びの方は、からそのはしを引けばすぐに解けるようになっていました。母親はこの2つのちまきを子供に見せて、「かっぱが出てきたから、この男に結びの方やるのですよ。」と教えました。母親はこうして、子供に2つのちまきを持たせて送り出しました。子供は河原に来ました。いよいよ、時刻になりますと、河童が川から上がってきました。そこで、子供はカッパと並んで座り、持ってきたちまきを食べることになりました。子供は母親に言いつけられたように、かっぱに男結びのちまきをやり、自分はひっかけ結びのちまきを食べ始めました。カッパは早くちまきを食べようとして、からそのはしをひきますが、なかなか解けません。焦れば焦るほど、結びめは閉まるばかりだ。
やがて、子供は自分のちまきをみんな食べてしまいました。そうこうしているうちに、カッパは川へ帰らねばならない時刻になりました。カッパはしかたなく、子供を置いて、川へ帰りました。こうして、子供はかっぱにとらわれずに助かったのでした。
今も川の近いところでは、5月の節句には麦わら人形を作り、それに男結のちまきを抱かせて川に流す習わしがありますが、これはかっぱに取られないようにと言うおまじないでした。
おしまい
神様の年定め
鹿児島種子島
大むかしのむかし。すべての動物はみんな神様のところへ行き、自分の年齢を決めてもらったそうだ。まず初めに馬がいました。すると神さんは、お前の歳は30歳で。」と言いました。馬は不服に、「いいえ30歳は多すぎ多すぎませんか。あそこは乗馬とこちらは馬車の馬と、こき使われたのではとてもたまらないんですけど、お願いします、もう少し減らしていただけたらありがたい。」
旨は一生懸命に頼みましたが、神様、「もうよかろう。「と言って、減らしてくれませんでした。その時に、犬がやってきました。神様今度も、「お前の歳も30歳だ。馬と一緒だ。「と言いました。ところが犬は、「夏は暑い、冬は寒い、どうして30年も暮らすのかと思うと、とてもやりきれないけど,どうかもう少し減らしてはありがたいと思っていますが。「と言いました。神様は、「お前はそんなら、20歳だ。」しかし,犬は,「まだ多いんですけど。」と言った。1歩も譲りません。そして押し問答の末、やっと、10歳にしてもらいました。最後に人間の晩になりました。神様は今度も、「お前の歳も30歳だ。「と言いました。人間は、「それでは足りません。もう少し増やしていただければありがたいと思っております。「と頼みました。神様は言いました。「お前はそんなら、ここに馬の都市を10年預かっているから、それを合わせて40歳にしてやろうか。「「それでも足りません。どうかもう少し増やしてください。」「そんなら、犬の歳を20年預かっているから、それもやろう。合わせて60歳だ。どうだそれでよかろうか。「「いいえそれでも足りません。「人間はなおもがんばりましたが、「そういっても、もうやると次がなくなったのだよ。「と神様がいますので、諦めてしまい、「不服ですが、仕方はありません。60歳で我慢いたしましょう。「と言って、承知しました。それで人間は30歳後になると、馬の年をもらったため、馬のように重荷を背負わされることになり、40歳後になると、犬の年をもらったため、犬のように夏は暑く、冬は寒いと言う難儀が降りかかってくるそうだ。おしまい
Re: 坂 - sisi
2025/11/10 (Mon) 16:23:34
「かぐや姫」(京都府京田辺市の昔話)
むかしむかし、ある竹藪の里に爺さんと婆さんが住んでおった。爺さんは毎日休まず竹藪で竹を切るのも精いっぱい。残りの3本を切ると、小判ザクザクでた。残り1本を切ると、なんと可愛らしい女の子の姿がでた。なんと不思議なこと。
爺さんと婆さんは、この子を授かった。女の子の名前は竹を割る可愛らしい、かぐや姫と名付けた。頭が良く、遊びが夢中な子でした。
大きくなると、かぐや姫はだんだん美しくなり、里の中の一番の美人の評判となり、京の都まで耳に入る噂だった。
ところが、京の都から偉い方々が、かぐや姫の嫁を申し出て、姫は嫁にしたい意思がないが、お見合いをした。かぐや偉い方々に与えるもので、姫から嫁になる条件を出した。
石作さまには遠い国に仏の御石鉢を取ること、遠い国は無理だが、ごまかして、石作さまの家近くに落ちていた黒い鉢を拾ったが、光のない鉢だと偽物でわかり失敗。
庫持さまには蓬莱山へ玉の枝を取りに行くこと。蓬莱山へ行かず、腕利きの職人に玉の枝を作って頼んだ。なんと、姫の爺さんのところに職人が玉の枝の代金をもらいに来たが、偽物だとバレてしまい失敗。
右大臣さまには燃えない唐土(もろこし)の火鼠の皮衣を取りに行くこと。家臣に金を持たせて皮衣を手に入れた。姫にこの皮衣を見せ、火をつけたら燃えてしまったので失敗。
大納言さまには龍の首の五色の玉を取りに行くこと。嵐の中、船を使い、龍を探したら、逆に龍に襲われてしまい、病で寝こんだから失敗。
最後は中納言さまには燕の子安貝を取りに行くこと。はしごを使い燕の巣を取りに行ったら、なんと、燕に突かれて、はしごが倒れ、中納言さままで落ち、仕方なくごまかして代わりに糞を子安貝を見立てたが、姫が見たら鋭いからバレてしまい失敗。
誰も嫁もらう相手はなかった。
しかし、なぜか姫は月を眺めてしまい悲しんだ。姫は爺さんと婆さんに話しかけた。
「お爺さん、お婆さん、私は月へ帰らなければなりません」
爺さんは「なぜだ」
涙流す姫は「実は私、月のものでございます、今まで育ててくれてありがとうございます。私のことを月と思ってください」
婆さんは「何を言うずっと居たらええ」
爺さんは「そうだ、お前は、わしの子じゃないか」
姫は「どうか、くれぐれもお体を大事にしてください、では」
こうして、月の車がお迎えに参り、姫を乗せて月へ向かって姿を去りながら帰りました。
爺さんと婆さんは「姫〜!」と悲しく泣き叫んた。
かぐや姫は十五夜の月で終わってしまいました。
(おしまい)
「虎の鯛釣り」(大阪府枚方市の昔話)
むかし、虎の兄弟が川で魚釣りした。
兄虎は「えらい川で鯛を捕ら(虎)えたで」とまさかの川で鯛を釣った。
弟虎は「ええな〜、オラも食べたいがー(鯛、タイガー)」とうらやましがった。
これは神様が海から川へ送った違いないかも。(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2025/11/11 (Tue) 22:09:46
「三毛猫の恩返し」(大阪府寝屋川市の昔話)
むかし、大阪の寝屋川に猫好き婆さんが三毛猫を飼った。三年の年を切り、その三年が明けると、また三年の年切り、とうとう、九年間飼っていた。九年明けると、「あんたも長い間ご苦労さんやなあ。これからはどこでも好きなところ行き」と言うて赤飯を炊いた。赤飯を食べた猫はどこかへ行ってしまって、それからは影も形も見えないようになった。それからだいぶ年が経ち、婆さんは旅に出た。それで、ある山の中で道に迷った。夜になると、家もない、道もない深い山でどうにもならん。婆さんはハアハア息を切らし、一生懸命歩いた。そしたら、向こうのほうに小さな灯りが見えた。「あんなとこに灯りが見える。誰かいるのに違いない」婆さんはそれを目当てにどんどん行くと、一軒家があった。婆さんは助かったと思い、泊まらしてくれと頼んだら、すぐに風呂に入ったので、風呂場に行くと、一人の女が風呂番をしていた。その女が婆さんをしげしげ見てからに「これはこれは、お懐かしい。婆さんじゃないか。わては飼われた三毛猫やで」と言った。婆さんがよく見ると、むかし飼っていた三毛猫でした。びっくりした婆さんが、「あんたはあの三毛猫やんか。どうしてまたこんなところに」と尋ねると、三毛猫は「この家には猫の家ですわ。ホンマに山に迷う人を食べてしまうねん、猫は年があくと、みんなはこの猫山に決まってるんや」と言った。そしたら、「こんなとこいたら、婆さんも壊れるです。おはよう、逃げとかなアカンで」昔可愛がってくれたお礼であり、浦野竹やぶから外に出る道を教えて、逃がしてくれた。昔の音を描いてくれたんやなあ。(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2025/11/17 (Mon) 22:40:36
「カモの恩返し」(大阪府大阪市の昔話)
むかし、貧しい夫婦と子供がいた。年の暮れがそこまで来てるのに正月の餅がつかない。つきたいでも金がないからどうもならない。子供は子供でひもじい思いして「ワイワイ」とするが、カミさんはカミさんで、朝から晩まで「正月の餅どないするねん」と言って白目をむいた。男はこらえて、一言も物言わずよそ様の正月のお手伝いに精出した。大晦日のこと。やっといただいたお金を持って男はもち米を買いに行った。途中に池があってそのそばまで来ると、カモが網かかっていた。朝は、羽をバタバタして、目に涙が浮かべる。男がかわいそうになった。網をやっていた者に、金払い、カモを逃した。男は、もち米を買わないままでした。正月の朝となった。目を覚ましていて驚いたのは、なんと、庭には、もち米と小判が所狭しとばっかりに積まれた。鴨が報われたので、それはそれは、評判になったから、それから、男に運がよくて、大阪一の金持ちになったと言うことでした。(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2025/11/27 (Thu) 07:13:02
「白雨傘」(栃木県の昔話)
むかし、夕立な話。お物見の前で鳶の頭が雨に振られ、「これ長吉、うちへ行ってな、「傘が降るから雨をよこせ」と言ってくれ」といえば 殿様がお笑いになって家老を召され、「先頭愚かなものが通った雨が降るから傘が欲しい」と言うた。なんとおかしいではないか家老は平伏して、「へい」とばかり返答して笑わない。「これ、ここで笑うが遠慮なら、次の間で笑いやれ」と言うた。(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2026/01/13 (Tue) 06:34:07
「犬と猫とネズミの元旦」(岐阜県郡上郡白鳥町中西の昔話)
むかし、元旦の朝、犬と猫とネズミがおった。そして、犬は、「今日はワン日(1日)じゃなぁ」と言った。そしたら、猫はこたつに寝とった。「ワン日(1日)って、ニャンの日(何の日)」と言ってきた。そしたら、二階にネズミがおって、それを聞いとった。「チュ、チュ、チュ、チュイタチ、チュ、チュイタチ(1日)」と言った。(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2026/02/08 (Sun) 14:53:16
枚方市の民話で杉という地名の由来です。
「杉の大杉さん」(大阪府枚方市の昔話)
むかし、集落の村の名前を樹木の名前で呼ぶ珍しいところのひとつは、ここの杉村である。むかしは椙(すぎ)とも書きました。集落の村の東、尊延寺との村境近くに巨大な古い杉があった。地図で見ると、穂谷川が硬い岩板のために流れを大きく北に方向を変えるところ。村の人々はもちろん近郷近在の人々はこの杉を大杉さんとよんで親しまれた。巨大な杉は、春、夏、秋、冬、それぞれの季節には美しく装い描変えた。秋から冬には豊かな葉っぱが赤色を帯びた赤褐色になり、春から夏になり、艶やかな美しい緑色を加えた。また、夜目に見る大杉はあたかも天を支える柱のような月の光を浴びて、黒々とした姿は見る人を圧倒した。いつの頃か、犯し難い大杉の姿に人々は神が宿る思いを持ち祟めるようになった。そして、木の根本に小さな祠を造り神の休み所にした。道行く時や、畑に出て働く時など、頭をたれて無事祈った。村では毎年九月九日は宮座より供え物をするようになった。村の家に赤ん坊が生まれたときには鎮守の杜にお参りしたのち、この大杉さんも来て無事育つように祈った。河内名所図会にも「杉村に古杉あり、神祠(しんし)に毎年九月宮座より御供を行う」と記録されてる。年移りの平成十五年に入ると、大杉ではなく、後嗣の若い杉が植え、石造のこぢんまりの神祠と玉垣が造られ、折々の人々たちの参拝するあとが、供えられた果物の鮮やかな色に見ることができます。(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2026/02/09 (Mon) 02:02:43
「甲斐田長者の嫁」(大阪府枚方市の昔話)
むかし、枚方に甲斐田の里の長者は、摂津国の垂水の里から、よくできた嫁をもらった。だがどうしたことか、この嫁は誰に話しかけられても「はい」と「いいえ」のことをしか言えません。長女の家は人の出入りや働いている人が多いので、色々と話さなければならず、ものを言わない嫁に困ってしまいました。これでは、長女の嫁ではやっていけません。嫁に来てから、まだ日も浅く、実家に引き取ってもらおうと長者一家は決めました。ある晴れた日の朝、長女は、「垂水の里へ行こう」と嫁を誘って出かけた。川辺で一休みすると、「ケーン、ケーン」と雉が鳴きながら二人の上空へ飛んできた。長者は手早く雉を見事に矢でとめた。すると、嫁は大声で泣き出したのではありませんか。しばらくすると、「物言わぬ時、父は長柄の人柱、雉もなかずばいられまじものを」と、はっきりした声で和歌を詠んだ。長女はびっくりして歌の意味を尋ねると、「雉も、あんな大きな声で鳴かなかったから、討たれなかったでしょうね」と言い、続いて嫁は、驚くような小さい頃の話をし始めた。実は嫁の父は近くの長柄橋に橋をかける大工事の人集めをする命令を受けた村長の一人でした。ところが、川幅が広く、橋の下になる支柱が流れてしまい、なかなか橋がかかりません。役人は困って村長たちに相談した。嫁の父の巌氏は、「1柱を立てると良いでしょう」と言った。しかし、人柱は人を生きたまま水底に沈めることなので、どうして決めるか、役人も尊重も困り果てた。すると、また巌(いわ)氏は、「それは、袴に継ぎ当てをした人が、この工事場のそばを通れば、人柱すると良いでしょう」と、また意見を出した。巌氏は、自分の袴に継ぎ当てがしてあるのを気づかずに意見を出したため、とうとう人柱にされてしまいました。嫁の母は、悲しみのあまり病気になってしまいましたが、それからは、父の失敗をきかされて、余計な事は一切言わないように育てられたと話ました。それがわかれば、文句のつけようがない嫁でした。二人は垂水の里で一休みして、甲斐田の里へ戻り、仲良く暮らしたということでした。今は長良橋北側の大阪市淀川区の大願寺には長柄人柱巌氏碑という記念碑があります。(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2026/04/09 (Thu) 04:16:30
「牛の足跡」
むかし、あるところに、とても生き物がきらいなおばあさんがいました。
ところが、おじいさんは、 大の生物好き
虫や鳥はもちろんのこと、犬、 にわとり、牛などは、 かおを見るのもいやでした。
ところが、おじいさんは、 大の生物好きでした。虫や鳥はもちろんのこと、犬、にわとり、 牛なんかは一緒にねてもいいほど、好きでした。おじいさんとおばあさんの家には一頭の赤い牛がいました。おじいさんはいつもこの牛をひいて、田んぼへいきました。そこでおばあさんは牛のえさに毒を入れることにしました。ある日。おばあさんの毒がきいて、赤牛は死にました。おじいさんは、ワーワーなきました。おばあさんはゲラゲラ笑いました。さて、何年もたって おじいさんもおばあさんも死んでしまって、今では墓の下にいます。ある日、おばあさんの墓石にくっきりと牛の足跡がついているのを見つけた人がいた。おばあさんの孫たちは気味悪がり、お坊さんを呼んでお経をあげてもらいました。村の石屋さんに頼み、牛の足跡をきれいに削りとってもらいました。それでもまた、何日か経ち、牛の足跡が現れた。「あのおばあさんはよく牛をいじめたからなあ。牛のバチがあたったんだ」村人たちが噂していた。孫たちはまた、石屋さんに頼み、足跡を削り取ってもらいました。でも、削っても削っても牛の足跡がつきます。そしてとうとう、おばあさんの墓石は薄くなって風に吹かれて倒れてしまったということでした 。(おしまい)
(参考出典:10分で読めるこわい話一年生「うしの足あと」横笛太郎、学研刊)
Re: 坂 - sisi
2026/05/10 (Sun) 23:21:01
「沼田の池のあかんべい」(静岡県浜松市の昔話)
むかし、明神野に丸い大きな池があった。あたりは沼地が続き、静かな池ですが、あかんべいと言う化け物が出て、人々を悩ました。「昨夜は藤十じいさんが、あかんべえ様にやられて死んだよ」そんな出来事が毎日のように起こる。あかんべえ様は、首がろくろ首のように長く一メートルぐらいもあります。頭が大きくて目が馬の目のように輝いています。村人は、誰一人とあかんべいなどと呼び捨てにはしません、様づけに奉ってました。この村に太吉と言う肝っ玉の太い向うみずの若者がいた。村のものがかわりがわりやられますので、胸くそが悪くてたまりません。「どだい気弱い奴らばかりだ。あかんべいの奴どんなことしくさるか、オラ見てこんならん」太吉は夜更けを待ち、沼へ出かけた。その日は白い霧から立ち込めて、五位鷺が無気味にギャーギャーと泣いた。太吉は船のともを持つと、葦を掻き分けて中央に漕ぎ出した。船を止めると、仁王様のようにボッと立って、「やい、あかんべえ、いるなら、顔を出して見せろ」いや、はや、とてつもない大きな声で叫んだ。「どうじゃ、あかんべい、逃げたずら」と太吉は得意な顔でした。すると、片方に敷き詰めた黒い藻の中で、もくりもくり動くのも見えます。「ははん、でくさるか」太吉は、じっとその方を見つめて、白い霧がすっと流れて、入道雲のような顔がはっきり浮かび上がった。「ここだ、見たくば見よ。だが、めいの命はないぞ」がぼんと言う大きな音がして、太吉はどうなったか覚えがありません。船の転覆した下に土左衛門になった太吉の姿が浮かんでいました。(おしまい)
「円徳寺の下男」(新潟県佐渡市の昔話)
むかし、秋津の道より、ちょっとは行ったところに、円徳寺という寺があり、むかしは、下男を雇う男がおった。ある時、その下男が、寺の用事で、相川の奉行所へ呼ばれて行った。こうして、しばらく、かしこまって座っておると、「これこれ、お前が円徳寺の使い物か、こちらへ前で」と言うて呼び出され、どういうことを聞かれるかと、ビクビクしながら、調べ所の前まで行くと、二人も三人も役人衆が座っておって、寺の様子をあれこれ聞いて、そばに座ると、書き役らしい役人が、「えーと、円徳寺のエンは、どうだったかな」と言うって聞いた。そうしたら、下男はかしこまって言うには、「はい、円徳寺のエンは、松木でございます」「何を馬鹿言う、聞いとるんだ、」「はい、字(地)は赤土でございます」と言うて、そう答えた。それで、いっちょうはんじょうさけた。(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2026/05/17 (Sun) 09:31:33
「リセット散歩」(広島県の昔話)
むかしの平成。会社勤めの中年の女が、その勤めている会社を港あたりに移転していた。空が青くキラキラとした海のある綺麗な風景があり、中年の女は、その場所を気に入ってしまい、年齢知らずに思い切り朝早く出勤時に交通使わず海辺を眺めながら歩き出して会社に着いた。以前勤めた場所と違い仕事のやりがいができた。それから二十年経つと、中年の女は毎日挨拶しながらよく会う海辺の釣り師とは仲良くなり雑談を楽しく話しながら、釣り師がコーヒーを注いで呼ばれ、いつも美しい朝日を見ながらたまらないほどくつろいだ。こうして、中年の女は出勤前の早朝は急いで着替えてから弁当を作り、早く家を出て、会社へ着くまで海辺の散歩気分でリセット散歩になり、海と釣り師のおかげで恵まれ、自分の仕事が長く続けるため、体が気持ちよくできたそうな。(おしまい)
「在郷者」 (東京都の昔話)
むかし、在郷者(いなかもの)が浅草観音にお参りして、笛見世へ寄り、上の穴に指を入れて抜けないので、「いくらでござる」「八文でござる」銭を払って、笛をぶらぶら下げて吉原見物に行き女郎に見とれ格子の間に首を入れて抜けないので、「この格子はいくらでござる」(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2026/06/10 (Wed) 04:57:21
「カラス森」(静岡県焼津市の昔話)
むかしむかし、焼津には、カラス森とよばれる不思議な場所がありました。
そこには珍しい白いカラスがすんでいる。
この森では毎年、神様にお米がたくさん実るようにお祈りする田遊びという特別なお祭りが行われます。お祭りがにぎやかに終わると、白いカラスはパタパタと羽ばたき、空高くへ飛び立った。そして、神様のいる天白(てんぱく)さんという場所へ帰っていくそうな。お祭りの終わりを告げる、不思議で美しい白いカラスの話じゃ。(おしまい)
Re: 坂 - sisi
2026/06/10 (Wed) 08:39:23
「宇平さんの話」(愛知県春日井市の昔話)
むかし、下市場の村人は、このところ 村の寺の本堂を建てる話で持ち切りでした 。この村は貧しい村で収穫は粟、ひえ、さつまいも、麦だって一反から五俵取ればええ万じゃった。麦の肥も名古屋から一日がかりで運んでくれるのじゃ から畑仕事は楽じゃない。それに不作の年も多かった。「わしらの手で本堂を作るのだ」気持ちやっても金はない、金なければ木材買えない。「 わらじでも作って金集めせんと」「たとえ一本でも二本でも立派な気を手に入れたい」「村に大きな木があったらなあ」もう何べんも同じこと言っても、ある日、寄合のことじゃ。「すぐ近くにええ木がある」と言った」「どこの木」あそこの松林」「とんでもない 何を言う、あれは上の木だ」「そうじゃ、伐ったものが知れたら大事だ」「大きな木はあそこしかない、あんなにたくさんある、わかるもんか」「そうじゃろうか」雑木の枝を取って、たきものにしたことある。じゃが、あの松をなどとはとんでもない。最初は頭から問題にしなかった連中も何百年何千年という松の木が重なるように生えている上の林を朝夕目の前にしているうちに少しずつ考え変わり、やがて一本二本ならわからんだろうという気持ちになってきた。そしてある日、みんなして林に入り込み、思い切って伐ってしもうた。「これは太い木だ」「見事なもんじゃ」「本堂をお作りするのにちょうどええ」どえらいこと恐れていたものの連中もちょっと手を染めれば何でもなくなってしまい、掛け声まで出たそうな。「これで本堂ができる」と村人たちは大喜び。ところが何日後、どういうわけかお上にこのことがしれて、お役人の耳に伝わった。わかったら村のもの全部が罪になる。命がけでうまくやったと思ったらこの有様じゃ、うまくいかぬと、先の命がけはどこかへ行ってしまい、今度は臆病風が吹くと言う。みんな真っ青を怯えてガタガタ震えた話が伝わった次の日早々と 役人が村にやってきた役人は村人たちをみんな集めて厳しく言った。「この中に 林の木を伐った者がいる、ありてに申してみよう。誰もいない、そんなはずはない。この中に伐った者を見知っている者がおる。申し出てみよう、それならば村の中を 一軒一軒改めることにする」隅々まで目を光らせ、村じゅう調べていく。案内する者は心の中で助けてくだされと祈ったそうな。来る日も来る日も調べがあったが村長も村人も知らぬ存ぜぬの一点張りじゃ。とうとう村じゅう一人残らず引き立てられてしもうた。それでも、伐った木は見つからなんだし、伐った者も申し出てこなんだ。確かな訴えがあってのことのようだし、このままで済みそうにもない その時、宇平さんが「わしがやったんじゃ」 と名乗り出た右平さんは妻はすでに亡くなり、盲目の娘とたった二人で暮らした。お宮のそばの小さな家に住んだ みんな 右平さんの言葉にびっくりしたがやれやれと胸を撫で下ろした。調べはきつかったが 右平さんはどこまでもわし 一人で伐ったと言い張った。役人も宇平さん一人の仕業と決め、村人はみんな その日のうちに家に帰されたそうな。宇平さんはその後、伐った木をどこへやったか拷問に次ぐ拷問を受けたそうだが、何も言わなかった。そしてとうとう牢死したという。その後、村人は宇平さんの盲目の娘の面倒をずっと見た。宇平さんの遺体はもう貰い受け、あの松で建てた 本堂の見える境内にねんごろに葬ったそうな。 それにしてもどういうわけか宇平さんは罪をかぶる気になったのかのう。(おしまい)
焼津のホテルの絵本ミニコーナーだわん!
Re: 坂 - sisi
2026/06/11 (Thu) 17:43:03
「遠州灘の波の音」(静岡県菊川市の昔話)
ずっとむかし、遠州のある浜辺に漁師たちがたくさんいて、地引き網を引いた。ところが その日に限り、朝から何度雨引いてもイワシ 一匹取れなかった それでもう一度やるととうとう 夕方になった。「今日はダメだ」それでももう一度やっても最後の一 網引いてみたそうな。そしたら今度はずっしりと重く、なんか入っているようだ。漁師たちはすっかり喜んだ。「それいけよいしょよいしょ」と力と掛け声いっぱい浜に引っ張り上げた。すると、網の中でトタンバタンと暴れ回っているものがいたそうな。驚いた漁師たちが近寄ってよく見ると真っ黒い目ん玉の河童みたいな生き物が一匹入っていた。それで一人の漁師が人を馬鹿にしているこんな薄気味悪い奴は殺してしまいこんなやつがいるなんて魚が取れないんだ」というと「そうだ 、殺してしまえ」と他の漁師たちも船のかいを取って殴りかかろうとした。すると、その薄気味悪い生き物は、「どうか命だけお助けを。私は海底にいる波小僧と申します。あなた達も漁師なら海の天気が心配ですね。もし、助けてくださるなら、これから海が荒れる時には海底で太鼓叩いて、前もって、お知らせください」と頭を地べたに座りつけて頼み、漁師たちもかわいそうになった。「そうか、きっとだな、じゃあ勘弁してやろう」と波小僧を海に返してやった。 それから、海が荒れる前には必ず海底で波小僧がどど―んどどーんと太鼓ならして教えてくれるようになったそうな。 (おしまい)
2015/06/14 (Sun) 05:47:42
お元気そうで何よりです
仲良しの猫とネズミさんも・‥‥ニコニコです
昨日はサッカー日本女子代表は「C組で、日本2-1カメルーン」でどうにか勝ちました。
これで 日本女子代表が連勝したので、決勝トーナメント進出が決まりました。
皆さん応援ありがとう。
前半6分に鮫島彩(INAC神戸)が、同17分に左CKからの攻撃でFW菅沢優衣香(千葉)が頭で合わせ合計2点を取りました。
しかし試合終了間際に失点し、ひやりとさせられましたが、大きな体格のカメルーンの猛攻を良くしのぎきりました。
元気な紫陽花がニコニコです。
Re: Re: お早うございます - sisi
2021/03/03 (Wed) 18:34:58
こんな昔話があります。3月もいい気持ちですね。
動物の食物
昔々、お釈迦様は4月8日がお誕生日ですね。その時、天も地も我れ一人なので、上と下とを指しての誕生になりました。あらゆる仏様の事から、いろいろの良い事をお披露目になった方でした。インドの生まれですから色が真っ黒だって話もありますけどなる子の臨終のときには、人はもちろん、あらゆる動物が駆けつけたってどっち鼻血でございます。その時、雀は、これは大変だ。ご臨終の話だから。と言うので、手ぬぐいをかぶったまま飛んでいったらしい。そうすると、蛇は長い道をにょろにょろといき、いろいろなものが集まって行ったらしいんだけれど、蛇の後から行った帰るわ、「じれったい、あー、この、ご臨終だのにのそのそして。」と、ちょいと蛇の方蛇の歩くのを美子したらしい。そうすると、蛇も、あー、なにくそと言う気持ちだ。「そんなことして、ただでおくものか。」といきなり飛び越そうとしたカエルの足を呑んじゃった。それからは、まぁ、蛇はカエルを足から呑みます。まぁ、つばくろは、おしゃれして、口紅をつけたり、落ちてお化粧したり行ったらしい。それで、「お前はおしゃれで、こんな時を忘れているからな。」と言うので、「お前は、虫っきり食べさせられない。」って、雀は鍋墨だらけの手で、手ぬぐいかぶり、働いていたなりで行ったから「お前は米を食べなさい、一生お米を食べるんだ。」とお釈迦様が言ってなさったらしい。それが戒めのようにこの世に残ったと言う話でした。
雀孝行
燕は、むやみにおしゃればかりしていて、それに親の死ぐ目に、親が病気だと言うのに、「紅をつけて、おしろいつけて、おしゃれしたと言うわけだ。それだから、扶持をおえられない、雀は親が病気だっちば、すてんころりんかけて行ったって言うのが、穀物をもらった食ってられんだって言う。
Re: お早うございます - sisi
2021/03/28 (Sun) 09:15:40
おはようございます、今日は雨ですね。こういう昔話もあります。
竜の絵
栃木県
むかし、一人の絵描きさんがありました。
ある時、自分の家の店看板に大きな竜を描いてあげました。
すると、その下から前の下駄屋から毎年一人ずつ不意に死人が出来て、もう一人でした。
死に絶えるばかりなってしまいました。近所の隣はもちろん、村人全員がみんな不思議に思い、恐ろしく感じてきました。
ところが、この話を聞いた物識な爺さんが、
「竜は人を呑むものだから、きっと真向かいの下駄屋の看板絵に見込まれたに違いない、それを防ぐには、ナメクジの絵を描いてあげるが良い。竜はナメクジが苦手だからな。」
と教えてくださいました。
「確かにナメクジが苦手だな。よし、早速描こう!」と、絵描きは、張り切りました。
下駄屋は、その通りにしますと、なるほどご利益があり、それからは何ごとも無くなったのでした。
おしまい
Re: お早うございます - sisi
2022/02/05 (Sat) 22:21:31
「アリの恩返し」
(富山県の昔話)
むかしむかし、ある村に、働き者の与兵衛が、おりました。
与兵衛は毎日、山仕事に行っては、木を切り、暮らした。
ある日、谷川で水を飲むと、1匹のアリが、苦しく溺れております。
「ああー、なんて可哀想なことだ。ほーれ、おらの腕に捕まりな。」
与兵衛は自分の伸ばした腕でアリを助けてあげました。
次の日、与兵衛がひと休みすると、何やら、自分の体が、もぞもぞと感じます。
アリがいきなり、与兵衛の体を這い上がってきた。なんと、与兵衛の耳元でささやきました。
「昨日は谷川からアリの殿様の姫を助けていただきありがとうございます。わたくしは、アリの殿様の家来と申します。早速、アリの殿様のところに連れて行きます。 是非、殿様からのお礼にしたいと言っております。」
アリの殿様の家来についていくと、小さな穴があった。「我々の村はこの中にあります。 目をつぶって、3つを数えてください。」とアリの殿様の家来が言いました。
「1つ、2つ、3つ。」と与兵衛は数えた。
与兵衛は目が開けると、あら不思議、ここはアリの村だった。
与兵衛の体がアリと同じく小さくなった。
アリの村を案内しながら、与兵衛を奥から奥まで連れて行った。
「ここは、アリ穴城でございます。こちらは食い物を貯めておく蔵で、そのこちらは子供たちが武士になるための学ぶ塾で、そのこちらは殿様の料理を出す調理場で、そのこちらは腰元や家来たちの部屋で、そのこちらは殿様の正室と姫の部屋で、最後に殿様の部屋と大広間でございます。」
大広間にいる殿様と正室と姫が与兵衛を迎えました。
「これこれは中へ入り、この度は、うちの姫を助けてくれてありがとう。助けてくれたお礼に何がいいかな、応えなさい。ところで名をなんと申す。」
「与兵衛といいます。おらは年すぎまして、嫁さんがほしいと思っております。嫁さんだけいれば、おらは一番幸せでいいです。」「おお、嫁さんか、それならは、うちの姫を嫁さんにしてやろう。安心しろ、アリからお前と同じく人間の姿にするからな。せっかくだから、嫁入り祝いとして、いいごちそうを用意するから、ゆっくり食ってくれ。」
姫はアリから美しい人間の姿に変えました。
「きれいな嫁さんだ。」と与兵衛は驚いた。
与兵衛とアリの姫はめでたく嫁入りすることができました。
与兵衛は、城からのいいごちそうを腹いっぱい食った。
元の体に戻った与兵衛は、自分の住む村へ、人間になったアリの嫁さんを連れて家に帰りました。
こうして、与兵衛と嫁さんは、山へ共働きで仲良く幸せに暮らしました。
これがアリの恩返しの話でした。
(おしまい)
Re: お早うございます - sisi
2025/02/12 (Wed) 00:57:24
江戸笑い話
夫婦喧嘩
「また隣で夫婦喧嘩を始めたらしい、困ったもんだ。毎日毎日の夫婦喧嘩に、もう仲裁に行くのも面倒で、全体、もとがやきもちから起こることだろう」「何、今日は酒から起こったそうさ」
里雀
禿たちが集まり、「わしらは、ちょっと心中して死ぬのでも、川へはまって死ぬのは嫌だ」と言えば、一人の禿が、「いやいや、他の心中じゃあとって、皆痛いぞ」「それでも、川へはまり、中に死人がいたら、怖いかな」
屏風の虎
変屈な武士が旦那寺へ行き、和尚を困らせようと思い、「和尚様、あの屏風に書いてござる虎を捕まえて、縄をかけてお渡し出されよ」と、懐中から縄を出す。和尚は、しばらく考えて、「いかにも縄をかけましょう。あの虎を庭へ追い出されたよ」
壁の落書き
ある町家のお内儀が、供の女を連れて行くところ、白壁に大きな一物をが書いてある。お内儀が眺めて、「おお、お飯があるの」と言えば、供の女は、「いいえ、あれは芹でございます」「私がお飯と言うたのは、いつ食べても食べ飽きないと言う心じゃが、芹とは、どういう心じゃ?」「はい、根まで入れてございます」
旦那「人と言うものは変わるので、小さい時に馬鹿なものは、成人すると利口になり、また、子供の時に利口なものは、大きくなると馬鹿になるものだ」と旦那が言えば、そばにいた男が、「それならば、ハバカリながら、旦那様は、お小さいときには、さぞお利口でございましたろう」
駕籠
背のいたって高い男と低い男とで駕籠を担いで行く。1、2丁行くと、乗り人が、「これでは前へひっくり返そうで危ない。前と後と変われ、変われ」と言うので、代わって、また2、3丁行くと、「これではまた、背骨がたまらぬ」「また、変わりましょうか?」「いや、それでは同じことだ。いっそ俺が出て担ごう」
火事
近火があったので、勘当されたせがれが駈けつけてお手伝いする。親父、せがれの心が治ったと勘当を許すと、せがれは喜び、タンスの羽織は袴を出してくれと言う。「この取り込みに何をする?」「ちょっと火元へ礼に行きます」落語・火事むすこの一原話
料理
四、五人より知った自慢はどこの料理がいい、いや、あそこが安いのと話すうちに1人が「なんと大黒屋は料理はいいし、安いし、娘がまたりこう者よ、そして固い娘で石のようだぜ」 「道理で俺も歯が立たなかった」
儒者
「予がごとき清き心をもって、かかる愚かなる無学者とは交われぬ」と、経書を抱き、深山に引っ込み、ただひとり心をすました顔で、日夜、書物を読んでいるところへ、大きな狼が来て、偶者を書物ぐるみ、ただひとくちに食ったとたんに反吐(ヘド)をはいて苦しむ。なかまの狼が来て、「なにゆえ苦しむ?」と問えば、「腐ったものを食った」
「経書」は、四書、五経など儒学の書物。
平目
「ゆうべ、うちの前の下水へ二尺ばかりの平目が泳いで来た。めずらしいことじゃないか」 「しかし、お前のうちの前の下水は、幅がわずか一尺ばかり。二尺の平目は大うそだな」 「いいや、堅になって」
きりぎりす
大醜(すべた)女の姉と、器量よしの妹が、薬師参りの道できりぎりすを買い、妹が手のひらへのせると、指に食いつかれる。
「姉さん、きりぎりすが食いつきました」
「なんのたいそうな。見せや」
と、姉が手のひらへのせれば、きりぎりす、顔を見て舌打ち。
松茸売り
田舎の親父が松茸を魚籠(びく)に入れて 「松茸、松茸」と町の中を売り歩いたが誰も待ったけど思わず買う人もいない。大通りへ出て大きな呉服屋を見つけた。ここで売ろうと中でも大きな松茸を一本持って入り「コレコレ」 と振り廻して見せれば手代が「小僧や大幅の白いちりめんを持っておいで」白いちりめんとはふんどし用の布のことである。
柿栗
晩秋のころ、山かげで柿と栗を話している。
「さてさて、栗殿は果報者だ。幾重も幾重も着物を着てござるが、俺ほど情けない実は ゴダラひとえ物の一枚で寒くなると赤い顔で力んでいますと涙ぐんで語れば、栗も気の毒になりひとえ物でも着ているはありがたい。 この松茸を見な。 この年になってもまだ ふんどし さえしねえ」
気丈
「この寒いに、よくまあ裸で歩くことだ。とんだ気丈な生まれたな」「なあに、全身を顔だと思えばいいのさ」
寒国(かんごく)
「これ、こなたは国は、どこじゃ?」
「はい、わしが生まれたところは北国でござる」「ひどく寒いところではないか」「さようでござる。江戸などでは土用のうち、冷水を売りますが、わしどもの国では、どこもかしこも雪だらけで、どの土用の打ち水が入ってる辻
2016/01/07 (Thu) 10:05:48
お元気そうですね
昨日から暦では、小寒に入り段々冷え込みも厳しくなってきました。
私たちは今朝はセリ、ナズナなどを詰めた「春の七草セット」でお粥を頂きます。
「七草粥」の歴史は古く、平安時代から行われていたようです。
七草粥は、この一年の無病息災を願って食べるものですが、同時にお正月のご馳走で疲れた胃腸を休めるために食べます、
食べた後は体がポカポカと何時までも暖かです。
私たちは2日には、皆さんと一緒に神戸の生田神社へ初詣して来ました。
Re: お早うございます - sisi
2020/09/30 (Wed) 21:06:55
どうもありがとうございます
種子島の昔話があります。
なえのはじまり
むかし、地震のことを「なえ」と言いました。
ところで、どうして何が起こるのかといいますと…… .。
それはそれは長いなえと言う魚がいて、その長さと言ったら考えられないくらいなのですが、このなえが、ぐるりと地球を1周しています。
このなえの魚は、自分の尾を自分の口でくわえて、地球とちょうどタガのように占めています。が、このなえの魚も、時々、自分の尾を加えはずすことがあります。
すると、地の弱いところが割れたり、ずれたり、山が崩れたりして、なえが起こります。ところが、日本の国で1カ所だけ、京都だけは、なえがありません。といいますのは、このなえの頭がちょうど京都になっていて、その一番のところに経塚があります。そして、なえの魚が少しでも油断をして、尾を加えはずしたりすると、経塚がそのすごい重さで、なえの魚の頭をおさえます。それでなえの魚は慌てて、はずした尾を加えます。
今でもそうですが、地震が来ると、人々は皆、「きょうづか、きょうづか、きょうづか。」と唱えます。
油断して尾っぽを加えはずしたなえの魚は、その声で、はっと我に返って、尾を加えます。すると、たちまち地震は止みます。
なえのはじまりは、まずこういう次第ですが、皆さんも、地震のときは、
「きょうづか、きょうづか、きょうづか。」と唱えることになりますね。
(おしまい)
こういうおもしろ話
Re: お早うございます - sisi
2020/12/06 (Sun) 15:15:57
こんな話あります。玖島稲荷
長崎大村市
大村の氏神大村神社は、花びらが5段に咲き乱れる大村桜と言う国の天然記念物で有名でした。このお宮の本殿の後、杉の林に囲まれ、大きな楠の下に玖島稲荷の祠があります。この祠は、元は西大村の三城の城跡にあったものをここへ移した。
元亀元年の7月20日、三城が、武雄の後藤貴明、諫早の西郷純堯、平戸の松浦隆信の連合軍に、不意に襲われました。
後藤貴明は、もともと大村家に生まれた人で、ここの城主になろうと思っていました。ところが、にわかに武雄にやられ、島原の大村純忠が迎えられ領主になったので、不平に絶えず、大村領内を自分の手に握ろうと企んで、近くの藩にかせいを頼んだのが戦のおこりでした。
この時、松浦勢は、千台の小舟に乗って、伊の浦の瀬戸から、大村湾に入り、海上から迫り、貴明と純堯は、南北から三城を挟み撃ちにしました。
この時、城内には殿様の大村純忠が、たった7人の家来と共に残っていた。後は召使いやお年寄り、子供などを合わせて、70人そこそこでした。寄せ手は、1700人から大軍でした。ただひともみと、三城のふもとに迫りました。
しかし、貴明が馬を進めて、城に近づくと、お城には行く1000本となく、旗指物が昼が入り、あちらの石垣、こちらの森影には、知人、隙間もない鎧甲に身を固めた兵士が、ありのように固めているのでした。
「はて、お城の中には、物見の兵士の言うところによると、確かに手薄なはずだったが。」と、貴明は、命擦り、しげしげとうち眺めました。
その旗さし物や鎧武者と見えたのは、ここのお城の後の森に茂っているこの速草木で、口を見せたのは、みんなこの森に住んでいる、四郎左衛門と言う古狐の仕業でした。この狐には、この後の森に住んでいたもので、何10匹と言う子供やいく何100匹と言う子分を持っていました。「三城危うし」と見るや、すぐ子分や子供孫どもを集め、ある時は敵の陣中に入り込んで引っ掻き回し、あるときは敵軍の様子を調べて、純忠に報告したりしたものでした。さて、富永又助と言うものがありました。純忠のご機嫌を損ねて、お目通りもできぬ身分になっていましたが、
四郎左衛門に教えられて、鈴田峠の方から攻め込んできた大渡野軍兵衛の本陣へ、紛れ込みました。軍兵衛は本野村の大渡野に住む豪傑で、この頃「おわたにごんべい来た」と言えば泣く子も黙るほど、恐れられていた大将でした。また助けは、降参した真似をして、「私が、三城の方、道案内しましょう」と言うと、軍兵衛は喜んで、また助けを先頭に立たせ、自分も後から、馬に乗って進んでいきました。武部郷の昼も暗いほど木の茂った細い坂道にかかった時、またつけば、いきなり軍兵衛の油断を見て、脇腹を短刀で突き刺しました。「おのれ、図られたか、あーチクショ~。」と叫びながら、軍兵衛は馬から落ちてしまいました。「軍兵衛撃ち取り…。」のうわさで、敵陣は、にわかにうき腰になりました。兵士たちは諫早のほうにどんどん逃げ出した。そのうちに、三城の方には兵士が集まり、松浦の船も臼島の沖で焼き討ちにあったと言う噂が立ちました。「この合戦勝ち目なし」と見てとった貴明も、虚しく兵士をひいて、武生のほうに引き上げてしまいました。純忠は、また助けの手をとって、喜びました。軍兵衛の撃たれた所には、誰が立てたか、今でも大きな石が、苔に埋もれて、立っています。
さて、四郎左衛門狐も、この日の合戦で、足を負傷して、びっこになってしまいました。
しかしみんなから「四郎左衛門殿」と敬われるようになり、この後も三城を守っていました。殿様が、行列を整え、よその国に旅立ちになる時、自分もたくさんの子分を連れてお供しました。それも家老格になって、かみしもをつけ、カゴに乗って出かけました。子分のちょっと子供も、それぞれ槍持ちやハサミ箱持ちに分けてぞろぞろ行列に加わったものであります。純忠の子供の喜前が今の大村神社のところにある玖島城を築いた時、四郎左衛門の住処は、今の玖島稲荷のところに移されて、三城には、分家の祠を残すと残すことにしました。
明治になってから、樟のうを取るために、大きな楠を倒そうとすると、神主さんの枕元に、白髪になった四郎左衛門が現れて、「祠は、決して壊してくれるな」と言ったそうだ。そこでこのお稲荷様は、今も残っていて、毎年お祭りとして賑やかに行われていました。
(おしまい
Re: Re: お早うございます - sisi
2020/12/06 (Sun) 15:26:27
こんな話あります。長い長い話
(香川県の昔話)
その1
むかしむかしのあったそうな。
大名屋敷の米倉の中へ、ネズミがたくさんはいっていました。それが、1匹ずつ外へ出てきます。
チューチューチュー
と言うてた。はじめのが、飛び出してきたんでした。次のも、
チューチューチュー
と鳴いて飛び出してきたんでした。そのまた次のも、
チューチューチュー
を飛び出してきた。またまたその次も、
チューチューチュー
またまたまたその次も、
チューチューチューチューチューチューチュー
またまたまたまたその次も、どんどん続く。
チューチューチューチューチューチューチュー
大変な無限で来てしまうネズミでした。
その2
むかしむかし、山の中の池のそばに、どんぐりの木が生えていました。もう秋が来ましたね、風が吹いてきて、1つずつ力落ちては池の中4落ち込むんでした。池の中には岩がありました。
ドブンカチリ、ドブンカチリ、ドブンカチリ。
と音がしていて、次から次へと落ちてきます。
ドブンカチリ、ドブンカチリ、ドブンカチリ、
ドブンカチリ、ドブンカチリ、ドブンカチリ。
なんと音がしても落ち続きます。
その3
むかしむかし、長崎からの重箱に入れて赤飯を持って来ました。
天からなんと不思議に、ふんどしが降りてきました。
なぜふんどしが降りてきたのかな。
これはさっぱりわからないー。
(おしまい)
Re: お早うございます - sisi
2024/08/21 (Wed) 20:38:52
「土瓶と茶瓶と藁」(兵庫県の昔話)
むかし、一本の橋に土瓶と茶瓶が出会った。
土瓶が橋を渡ると、「この橋は俺が渡る!茶瓶は後戻りしろ」
茶瓶が橋を渡ると、「なにィ!この橋は俺が渡る、土瓶は後戻りしろ」と二人は喧嘩して橋から足を滑ると、川に土瓶がドビーン!茶瓶がチャビーン!とした。流れてドビーンチャビーン、ドビーンチャビーン。
土瓶と茶瓶と友達の藁を連れて伊勢まいりに帰るとき、川に橋がない。
仕方なく藁が橋になって、先に土瓶と茶瓶が渡ると、二人は体が重く、藁は絶えず、渡る二人を川に落ち、ドビーンチャビーン、ドビーンチャビーンと流れ、おまけに藁も川に落ちた。(おしまい)
Re: お早うございます - sisi
2024/12/09 (Mon) 00:45:15
「楠さん楠さん」(長崎県五島市の昔話)
むかし、一人の若い猟師が住んでおり、ここあたりでは年が押し詰まっていると必ず富江の領主様にイノシシを一匹献上することになった。「今年もイノシシ献上しなければ」こう言って、若い猟師は山のイノシシの通りそうな道に柵を作った。どうしても、うまい具合イノシシがかかりません。「明日はいよいよ大晦日だ今日中には一匹捕まえなければ」と言って朝から家を出かけようとすると、嫁さんが「今日は赤ん坊が生まれるかもしれないよ、出かけないでくださいね、一人では心細いから」と頼みました。しかし、猟師は「除夜の鐘が鳴るまでにはどうしてもイノシシを納めなければ辛抱してくれ」と言い残して、気が進まないまま家を出た山の方に登っていくとにわかに空が真っ暗に曇り雨が降り出した。ずぶ濡れになり走っていくと道端に一本の大きな楠があって根っこのところは大きなほら穴になっています。「これはかっこうの雨宿り場だ」と、「楠さん、楠さん、雨が止むまでどうかこの後あなたの木のほら穴中に宿を貸して下さらんかと言うと クスはいいともいいと思うとこういった具合に大きな枝を二、三度は横に譲りました。。体を横にして寝てしまいました 雨は前よりも激しく降った しばらくすると外の方で ガヤガヤ 話す声がするので目を覚ますと人もなく 耳をすますと「楠さん楠さん、こんばんは、山下にお産がありますので一緒に行きませんか」すると楠は「前から待っていたお産んだから、行きたいのは山々だから、今日はあいにくお客さんがある。 私が出かけたら客が濡れて困るから行かれないお前たちだけ言っておいでよ 」「それは残念」今度は ガヤガヤと山を降っていく様子でした。猟師はこれを聞いて、「はて、俺の家ことか知らんな、この土砂降りとは、ここを出ても、行かれん」と、思案すると、またガヤガヤ帰って来た様子です。「楠さん、楠さん、生まれたのは男の子でしたよ」「それはそれはご苦労さん」「ところが残念なことに その子は7つの年の3月3日までの寿命でそれから先は生きられません」と言うと遠くの方へ行ってしまいました。 「はて、その子は俺の子かもしれん、大変なことを聞いてしまったな」と若い猟師は雨の中に飛び出してずぶ濡れになって家に帰ってきました。うちでは、玉のような赤ん坊が生まれて、嫁はほっとしているところでした。 よかったと夫婦して喜びあいました。 花よ蝶よその子のも可愛がって育っていましたが 月日経つのは早いもので いつのまにか7年の月日過ぎて3月の3日になってしまいました。 いつか楠のほら穴の中で聞いたことを思い出し、嫁に嫁に七つの重箱 いっぱいにごちそう作って詰めさせました。 そうして息子を膝元近くに呼んで家たちは後から来る お前はこの重箱を担いで先に食べに出ておいでと言いました。 すると 、生まれつき素直な息子はそれを聞くと、その重箱を担いで家を出て行きました。 まず菜の花咲いている畑を横切りました。 次には梅の林を通った。その次には梨の花の咲いた 舌を通りました。 おしまいに桃の花がいっぱい咲いている丘の上に出ました。 向こうは広々とした青い海でした。 息子はそこの岩の上に腰を下ろし、重箱を膝の上に乗せて蓋を取って食べ始めた。すると、向こうの海が白く泡立ち、むくむくと化け物が現れて、やがて化け物は丘の上に這い上がってきて、そして、息子の様子を見て俺にも食わせろと言って、重箱の中のごちそう食べ始めました。そうして一つの重箱の蓋を取って、みんな食べてしまうと化け物はお腹をさすりながら、お前を食うつもりで海の中からできてきたが ごちそう食べ過ぎて腹がいっぱいになってしもうた。「川にお前には八十八まで寿命をやるから、お前には八十八のお日様が拝めるぞ」こう言って海の中に飛び込んでしまいました。 (おしまい)
Re: お早うございます - sisi
2024/12/17 (Tue) 16:58:55
「わらびの恩」(岩手県の昔話)
むかしむかしの暖かい春、ある山奥の茅畑にヘビが気持ちよく昼寝しています。
ところが、ヘビの体にチクッと刺され、とんがった茅が生えて、「痛い痛いよ〜」と泣いた。茅に刺されたままのヘビは全然抜けられなくなり顔が苦しんだ。それを見た友達のネズミ、モグラ、カエルがかわいそうなヘビを心配した。三匹で「ヘビよ、ヘビよ、茅畑に昼寝してわらびの恩を忘れたか」と三回唱えた。すると、茅畑にわらびがニョキニョキと生えだした。わらびがヘビの体を支えながら茅より伸びてきて命拾いで助かった。これも友達が唱えたおかげでもある。「みんなありがとうな、これもわらびの恩だ」とヘビは嬉しくて、友達に感謝した。(おしまい)
Re: お早うございます - sisi
2024/12/19 (Thu) 21:27:34
「蛇の巾着」(愛知県豊田市の昔話)
むかし、歌の上手な人がいて、歌合うたって、通ったけどな。蛇が惚れて、蛇が惚れちゃった。帰りだが、どんなところだが、家に呼び込んで、それから、何だったいなあ、記念に財布の巾着をくれた。そしたら、巾着から銭を出して使った。使っても使っても、不思議に減らないという。(おしまい)
Re: お早うございます - sisi
2025/02/09 (Sun) 17:52:43
こんにちは、最近は寒さが続き、雪もよく降っております。
江戸笑い話でもしましょう
分け取り
むかし、巾着切りが5・6人寄り合い、ほうぼうで取ったものを分けようとする時、中でもひときわ重い財布が見えない。「これは合点のいかぬ。この中に手癖の悪いものはないか?」
押し込み
むかし、泥坊たちが相談し、「とかく、小さいところは良い仕事にならない」と、越後屋へ入ると決めた。「人に傷つけては、呉服物など汚れて銭にならず。片っ端から縛って猿ぐつわをはめ、柱へくくりつけてから、思いのまま呉服ものを持ち出そう」と申し合わせたところ、「それは、押し込み」と出てくる手代たちが来た男まで次々と縛って、猿ぐつわをはめ、柱へくくりつけたが、後から後から出てきて、縛り作せず、そのうちに夜が明けて、カラスが、「カアカア」
大力
原題は角力取り
むかし、「角力取りのところに泥坊は入った」「そして、どうした?」「角力取りは大力だ。泥坊が入ったと見るや、むっくと起き、庭へ出て、大きな石の手水鉢を小脇にかいこみ、餅を引き伸ばすように引き伸ばし、引きちぎっては投げ、また、ちぎっては投げ」
菅丞相
むかし、時平(じへい)が讒言によって流され給い、「さてさて、にくき時平かな。何として時平めを取り殺しいたもの」と、雷神となって、時平(四へい)が参内する伺い、頭上へ落ちて、時平を真っ二つに引き裂き給えば、仁平(二へい)が二人出来た。
餅をびょうという
むかし、長兵衛という男が両国あたりへ商いに行き、家に帰って向かい「さてさて、ほうぼうを歩けば、いろいろ言葉が変わるものだ。餅をびょうと言うところがあったので覚えてきた。誰か来たら、餅をびょうと言うから、よく覚えていて出してやれ」と、餅を十ばかり、買ってきて戸棚入れて誰が来ないかと間所へ権兵衛と言う男が久しぶりに訪ねてきた。「権兵衛さん、よくおいでなされた。そうそう、お上がりください」「あまり久しくお尋ね申さの上、ちょっとお寄り申しました。まず、どなた様にもご機嫌よくて、おめでとうございます」「さぁ、久しぶりじゃー。まず、お上がりください。あぁ、何もごあいそうがない。これこれ、なんぞあげい、おお思い出した。びょうがある。びょうを出してやる」「はいはい」と言って、女房が戸棚から出すと、餅がかびているので、「もしもし、びょうは、びょうじゃが、仮病になりました」「はてさて、仮病になったか、厄病に出してやれ」権兵衛がそれを聞いて、「仮病の厄病のとおっしゃるのでは、私は、臆病にいたしましょう」
通仁(つうじん)
むかし、「茶屋の娘分は、ただ者じゃない。確かに女郎上がりだ。諸事扱いぶりが手慣れたもの。隣の薪屋の娘と並ぶとわかりやす。女郎と地者とは碁石と言うものだ」と話すのを聞いた男は、家へ帰り、近所の人に「お前は物知りだが女郎と地者とは碁石だと申す人がありましたが、何のことでござります?」「はて、知れたこと。白ウと、黒ウと」
注…地者は、芸娼妓に対して、シロウト女を言う
建立
むかし、門口へ托鉢の坊主が来て、デッチが銭一文放り出してやる。後でまた1人くると、また放り出してやる。続いて、また1人来る。また銭を放り出して、デッチ、気がつき、「しまった。今の四文銭(しもんせん)だ。釣りをよこせ」と言えば、坊主、振り返り、「ツリガネえの建立」
茶碗
むかし、道具屋が来て「もし、面白い軸がございますが、お召しになさいませんか」「なになに、はあ、木庵和尚だな。いいものらしいが、意地悪の姑で、嫁(読め)にくい」「いや、姑だから、古くて値打ちものでござります」「そんなら、求めておきましょう」「ついでにこの萩の茶碗もお召しくだされば」「なになに、いやいや、これはいかん、姑は、また堪忍だが、これは出戻りの嫁だ」「なぜでござります」「もう割れている」
蕎麦屋
むかし、蕎麦屋の出前待ちが急いで行くのを呼び止めて、「お前、もっと静かに行けよ、落として道具でも壊したから叱られるのだろう。急がないと、そばでも延びるか」「いいいや」「そんなら、なぜ急ぐ?」「そばが、かけ(駈け)だ」
2013/07/09 (Tue) 15:11:09
Re: 暑中お見舞い申し上げます - sisi
2020/12/06 (Sun) 16:37:57
面白い話あります。
「おすわり地蔵さま」
山形県西置賜郡
むかし、羽前国(山形県)の朝日山の麓の小さな村に権兵衛と言う夫婦ものが住んでおった。
村のそばを、一本の川が流れておった。この川はひどい暴れ川で、毎年のように大水が出ては、村の田畑を押し流してしまう。
村人たちは、ほとほと困っており、どうすることもできなくなった。
その年もまた、大水が出て、せっかく実った田畑が、泥の海になってしもうた。
権兵衛は、泥田をぼんやり眺めておるみんなに、「堤防作るぞ。そうすれば、泥田にならずに済む。」と言うだが、
村人たちは、「堤防など、いくら作ったって、大水が出れば、たちまち流されるに決まってる。無駄なことだ。」「堤防は作るといっても、一体、何年かかる気だ。」
と言って、誰も相手にしてくれませんでした。
ところが権兵衛夫婦は、それから毎日、二人だけでモッコを担ぎ、堤防を作り始めた。村人たちは川の岸で、二人を横目でみては、「無駄な事だ。」と、笑っておった。でも、1年が過ぎ、2年が経つと、堤防は堤防は、少しずつできてきた。
「えらいもんだ。塵も積もれば山となると言うが、人の力は恐ろしいもんだ。」
「オラも手伝う。」
と、一緒に力を貸してくれる人が、1人増えて、2人増えて、3年目には30人にもなったので、堤防は、ぐんぐん伸びていきました。
といっても、長い川岸に、堤防を築き終わるには、あと何年かかるかはわからない。やがて村人たちは、気長な仕事にあきれて、次の年には、1人減り、2人減りしていき、5年目には、また権兵衛夫婦の2人きりになってしもうた。
そして、7年目の秋、ひどい雨風が続いておった朝の事でした。「大水だ。大水だ!」と言う声に、村人たちが飛び起きて、表に飛び出すと、「堤防が崩れる!このまま崩れる!」と、権兵衛と母親が、気が狂ったように、堤防の上を走っていくのが見えた。
「そっちには行くな!堤防が崩れたら、一緒に水飲まれるぞ!」
村人たちは、必死に叫んで、止めたが、権兵衛と母親が、下の堤防の方へ、どんどんかけていってしまった。
高みのほうに逃げて、どうなることかと、一晩過ごした村人たちに、次の朝、やっと水がおさまると、恐る恐る、村に帰ってきた。すると、権兵衛の堤防は、びくともせずに、村を自ら防いでおった。「よかった、よかった。この堤防のおかげで助かった。「と言いながら、村人たちは、権兵衛が走っていた、川下の方へ行ってみたが、権兵衛夫婦は、どこを探してもいなかった。そのかわり、堤防が、今にも切れそうになったあたりに、昨日までなかった、見上げるばかりの大石が、川っぷちにでんとはまり込んで、川の流れを、おしかえしておった。まるで石が、自分の体で、堤防の切れ目を、かばっているようだった。「これは、権兵衛どんたちが石になり、堤防を守ってくれたかもしれない。」誰言うとなしにそう言うと、その石で地蔵様を彫って、権兵衛夫婦をまつわることになった。石屋の金吉が、のみを持って、地蔵様を刻みにかかったが、不思議なことに、のみを持つ手が、勝手に動いて、たちまち、5メートルの見事なお地蔵さまを彫り上げた。そして、さらに不思議なことに、地蔵様が出来上がったとき、金吉は、満足そうな顔をして、死んでおった。「これは、えらいことじゃ。」と、村では早速、地蔵様を、町の寺に収めることにしたが、何しろ5メートルもあるお地蔵さまだから、運ぶにも運べん。
地蔵様を取り巻いて、どうしたものかと考えておると、不意に地蔵様が口を聞いた。
「オラ、自分で歩く。だけど、人に見られるのは辛いから、みんなの家の中に入ってくれ。」
村人は、たまげて家の中に飛び込み、ピタリと頭をしめて、息を凝らしていると、ドスンドスンと、地蔵様が歩き出す音が聞こえた。児童様は、一晩中歩き続けたが、何といっても、重いから重い体だから、なかなか道がはかどらない。白鷹町の玄僧坂(げそざか)までやってきたとときには、東の空が白みかけてきた。
「これは、急がなきゃ。それにしてもくたびれたから、ここらで一休みしましょうか。」と言って、立ち止まっていると、向こうから赤ん坊を背負った女の人がやってきた。
「これこれ、こんなに朝早く、どこへ行くんだ。」
と地蔵様が聞くと、女の人はびっくりして、「子供の足が立たないので、百日の願掛けしても今日がちょうど百日目。でも人に見られたら、ダメだと言うから、お地蔵さまにでおうたからには、ダメになったべはあ。」
と言って、悲しい顔をした。すると地蔵様は、でんと腰をおろし、赤ん坊を膝に抱き上げて、足をさすって言うた。
「よしよし。それでは、オラの足と、とりかえっこだ。」
途端に赤ん坊は、ケラケラ笑い、地蔵様の膝から飛び降りると、ちょこちょこ歩き出した。地蔵様のほうは、その時から動けなくなり、玄僧坂に座りきりになったそうな。
今でも、子供の足が立つようにと、お参りに来る人が大勢おって、お祭りの日には、大きな草鞋をお供えする。
(おしまい)
赤小豆洗いぎつね
茨城県
むかし、細谷通町という今は水戸市の新舟渡と御蔵との間の川ばたに、赤小豆洗いというところがありました。そのあたりに狐が住んでいて、雨の夜など、ザック、ザック、と赤小豆を洗う音がたてながら、
「赤小豆磨きましょか、人取って食いましょか。」
ある時、塩谷五郎次という武士が、夜更けに庭先でしょんべんをしていたところ、垣根の木陰から狐が出てきて、
「赤小豆磨きましょか、人取って食いましょか。」
と、歌いながらひょんひょんひょんひょんと跳ね上がって踊りだしました。五郎次もこれを見るとつりこまれて、同じように両手を高く差し上げ手首を折り曲げて踊りだしたから、狐はうまく五郎次を化かすことができたと思ったのでしょう。ひょんひょんひょんひょん踊りながらだんだんとごろつきに近づいてきました。
五郎次も踊りながら間合を測って、狐が跳ね上がったところをさっと刀でなぎはらいました。狐は、「ぎゃっ。」と悲鳴をあげてくれました。これを次は後も向かずにそのまま家に入り、翌日探しましたら、頭のはげた年老いた狐が胴を真っ二つに切られて死んでいました。
(おしまい)
天狗松の話 昔々、高鍋の小丸に、1人の百姓が住んでおり、百姓は、5つの男の子が降りました。ある夕暮れ、男の子たちは、駄々をこね、母親を困らせました。気の短い母親は、たまりかねて、子供を外へ突き出したまま声を固く閉めてしまった。子供はしきりに泣き続けていましたが、しばらくすると、鳴き声が段々遠ざかった。母親が驚いてかけていくと、子供は庭の松木の上で泣いていました。
母親は顔色変え、早く降りてー、登ったままじゃ危ないよ。と呼びました。するとその時、何か黒い鳥のようなものがむくむく動き出し、その途端に子供の着物の付け紐が下がってきた。母親は慌ててそのツケ紐を握りましたが、何の手応えもない。そのうちに怪しい黒い鳥のようなものが子供を抱き上げたまま、するするとその高く舞い上がった。母親の手元には、着物からちぎれた付け紐が残ったばかりだ。母親はあまりのことに涙も出ず、ぼんやり立っていきました。そこに畑から父親が帰ってきました。母親は父親に恐ろしい出来事を話しました。2人は嘆き悲しみました。それから3年の月日が過ぎたある朝のこと、母親はうらの畑で大根を抜いてみると、お母さんよ、ご無沙汰していましたが、お母さんはお元気ですか。と高い空の上から声が聞こえてきました。びっくりした母親が空を見上げると高い空の中ほどに懐かしい子供の姿が見えました。戻ってきてくれたのか、さぁ、早く降りて、早く降りて。 お母さん、今日は天狗様の使いの途中だよ。 やっぱり、お前は天狗にさらわれたね。 お母さん、もう私は人間の子供ではない、天狗様から術をいただいたから人間の子供に返されるんですが、1つお願いがあります。あの庭の松木が枯れていて、大事にしてくださいと、あの松の木が栄ゆるかぎり、私もお母さんもお父さんもみんな達者で幸せにしてください。子供はもう別れの言葉を言い残すと、また東の空を目指して、家のように早くかけて行ったのでした。おい待ってくれ、待ってくれ。母親は、天狗になった我が子の姿を追いながら、いつまでもこう呼び続けた。それからと言うもの、この百姓の家の松の木を天狗松と呼ぶようになった。終わり
昔々、あるところに正直な婆さんが住んでいました。ばあさんの家には、1匹の犬を飼っていましたばあさんはこの犬をとても可愛がりどこへ行っても連れて行きました。ある日のこと、婆さんは犬を連れて、山の畑へ登りました。婆さんが、畑の草むしりをして、犬が吠えました。畑の片隅をしきりに足で書き上げていました。ここほれわんわんここほれワンワンと吠えた。そこで婆さんが畑の隅を掘りました。これは金のツボじゃないか。と、ばあさんはびっくりした。ツボの中からは宝物がどさりと入ってきた。婆さんは犬のおかげで急に大金持ちになりました。正直婆さんの隣には欲張りなおばあさんがいましたこれこれ小竹原さん、ここほれワンワンの犬を貸してくれないか。欲張りな婆さんは、そう言って、無理に嫌がるの山の後頃連れて行きました。おいはよ、ツボの中からは宝物がどっさりと入ってきた。婆さんは犬のおかげで急に大金持ちになりました。正直婆さんの隣には欲張りなおばあさんがいましたこれこれおたけ婆さん、ここほれワンワンの犬を貸してくれないか。欲張りな婆さんは、そう言って、無理に嫌がる犬を山の畑へ連れて行きました。 おいはよ、掘れ。ほれほれ。いくら欲張りな婆さんがけしかけても、犬は吠えません。ここほれわんわんここほれわんわん欲張りな婆さんはどこを掘っても何も出ませんでした。怒った欲張りな婆さんは、犬を殺してしまいました。 あー、かわいそうなことしたな。んん正直な婆さんは死んだ犬を持って帰りました。そして家の庭の隅に丁寧な埋めてやりましたすると、庭の隅からもくもくとにょきにょきとたけのこが出てきました。たけのこはぐんぐん伸びて家の上に出ました。とうとう天竺の金倉母を突き破ってしまいました。さぁ大変なこと。毎日毎日、天竺の金倉からたくさんの小判が落ちてきました。またまた、正直な婆さんは、大金持ちになりました。隣の欲張りな婆さんは、そっとたけのこを1本盗んで植えました。たけのこはぐんぐん伸びていきましたが、欲張りな婆さんは微笑んで待っていました。ところが、今度のたけのこは、天竺の便所を突き破ってしまった。どーんどーんと、欲張りな婆さんは毎日糞かぶりでした。そこで、この欲張りな婆さんは、どこかへ逃げていきました。人真似しても人真似しても糞をかぶる誰かがそう言って、欲張りな婆さんを笑いました。 終わり
黄金の精 昔々、あるところに一人の山伏が住んでいた、立派な白髭の山伏でした。この山伏は、黄金の壺のありかを知っていた。そこで欲深い村人が山伏のところへ黄金の壺のありかを聞きに行きました。すると山伏は笑いながら、 やめたいたほうがいいよ。黄金の精神に当てると、目がうつぶるがな。 と言いました。山伏さん、教えてくれよ。 と男は熱心に頼みました。しかし山伏は黄金の壺のありかを教えてくれない。あきらめられない男は、あちこちの裏を駆け回り、坪のありかを探していました。ところが白ひげのやまぼうしの方でも、よく金男がツボを探しまわっていることを聞くと、だんだん心配し始めた。この白ひげの山伏だって、黄金の壺を掘って見たくてたまらない。そこで山伏は、男と相談して、2人で壺を掘り出す約束しました。一本松目当てに朝日輝く夕日てるところ。これが山伏の指図でした。いよいよツボのありかの畑で掘リ方が始まった。深くなるにつれて、井戸のように水が湧き、たくさんの人手が必要だ。翼にくらんだ男と山伏は、自分たちの持ち金を投げ出して、ツボを掘り続けました。1日2日、ようやく2週間が経ち、ツボを入れた石櫃を掘り当てた。穴の底から人足の声が聞こえた。山伏どん、宝のツボがありました。と言った。待て待て、お前らは上あがれ。山伏と男は、縄ばしごをつたって穴の底へ降りていきました。2人は穴の底まで来ると、おい、命つぶれ。と言いあいながら、手探りで壺のふたをこじ開けようとしました。泥土で硬くしまったツボの蓋が、少し開きかかりました。その時、よく深な男が、 あっ! と悲鳴あげた。山伏は思わず目を開いた。二人とも黄金の精でメクラになってしまいました。恐ろしくなった人足どもは壺を見ようともせず、どんどん土を穴の中に埋めてしまった。黄金千無量。黄金の壺は誰も見たものはいませんでした。終わり
山ノ上の荒五郎
(石川県の昔話)
むかし、輪島の山ノ上というところに、五郎次郎という男がおりました。
五郎次郎は怪力で、あたりに比べ者のないほどでしたから、村人は荒五郎と呼んでいました。荒五郎は小屋くらいなら、肩に乗せて楽に運ぶ事もできました。
ある日、荒五郎は村の家たちの戸を叩いて言い触らしました。
「明日は、蛇の池に行って、蛇の口とらえてみようか。お前ら、蛇の子を食ったことがあるか、俺は明日やってみせる。」
すると、どの戸口にも同じような返事がありました。
「ほんまにするのか、怪しいなぁ。」
そこで、荒五郎は名前に知れた強力者の手前、どうしても、やってみせぬわけにはゆかなくなりました。
夜が明け、荒五郎は蛇の池に出かけました。大手を振って、肩をいからし、胸を張りその格好は、まさに英雄でした。
あちこちの窓からこの英雄を見送る顔が見えます。
それから小半時もすると,荒五郎は蛇の子をぶら下げて戻ってきました村人はもう珍しそうに、荒五郎の家へついていきました。
家へ着き,荒五郎は村人の前で,蛇の子の串焼きにして食べました。
「どんなかな。」
「へぇ。」
というわけで、村人も今更ながら感心をしました。
それから2 、3日たったある晩こと、蛇の池の大蛇が荒五郎の家にやってきました。顔面を朱にして、ものすごい怒りの様子でした。
「荒五郎、お前の命はもらったぞ。この子の仇だ。」
「なんだと,やれるもんならやってみろ。」
荒五郎が言うと、大蛇はますます怒り,おどりかかりました。
その勢いが口に言われぬほど凄まじく、とうとう大蛇が真っ二つに割れて、家を一気呑みにしてしまいました。
何事も、ものに限りがあるものでした。
(おしまい)
ムジナの失敗
(石川県の昔話)
むかし、寛政の頃。
町野の鈴屋に男と娘がいて、2人はいつの間に仲良くなり、毎晩、宮森というところであいびきしました。
そのうち、娘は子供をはらんでしまいました。こっそり会っていたわけですから、親に知れると大変になります。
そこで娘が言いました。「とうとう、こんなことになってしもうた。死ぬより他に道は無いわね。」
すると、男が言いました。「お前に死なれたら、わしだって、生きる甲斐が無い。お前だけを死なそう。」
こうして2人は固く約束して帰りました。
やがて、約束の夜がやってきました娘が宮森のはずれに待っていると、男も姿を見せました。松の木の間に一本の縄をつるして、2人はその両足に首をゆわえました。1、2の合図で、2人は大石の上野から飛び降りました。ところが、不思議なことに、男の体が妙に軽く、そのため娘の足が地面についてしまいました。
娘は変に思い、空高く吊し上がった男をみれば、これはまた不思議、男のはずが男ではなく、1匹のムジナがぶら下がっていました。頭をぐったりされて、すでにこの世のものではありません。
娘はびっくり仰天、我が家へかけ戻りました。
ことの起こりは、このムジナもやはり娘に恋していたのでした。
ムジナは宮森の主でした。その晩、実の男が死ぬのを恐れて、約束の場所へ来ないのを知ると、男に化けて娘を騙そうとしたわけだ。
(おしまい)
福童丸
(石川県の昔話)
むかしむかし、櫛比の庄鬼屋の神様が、ある日、寺中尾の福童丸を呼んでいました。」陸奥国には素晴らしい牛馬があるそうだから、買い入れてきてくれ。「そこで、福童丸は神様のおおせに従って、旅に出ました。陸奥国への道中は、聞いてたよりもはるかに長く、退屈でした。それでも国境が見えるあたりまでやってきました。
福童丸が陸奥国へ入ると、「福童丸、牛馬をひいて行ってください。去年は牛の年、今年は妙法蓮華の寅年。年も良いし日も良いぞ。」と誰かの歌声が聞こえました。
山を越え、ハララゴの入りと言う所へ来ると、出し抜けに、1人の男が現れて、
「わしは権太郎兵衛だが、お前はどこへ行くんだ。」と言いました。
福童丸が訳を話すと、権太郎兵衛は、「それは遠いとこ。さぁ、こっちへ来てこい。」と言って、千畳敷もある広い部屋へ案内しました。そこには蝶々や菊の花の形の珍しい栗の実が酒の肴に大和盛られて、その傍に、虎の木の根元ごとこしらえた大杯に、酒があふれんばかりたたえられてありました。
何十人の下僕が絶え間なく、福堂丸にかしずきました。福童丸は六七四十二杯も大杯をいただいてしまいました。
「権太郎兵衛さん、えらいご馳走になりました。」
「なになに、はるばる来てくれたからお前には、まだ、足りないと思うてるから、もっとやってください。」
「いいえ、わしはもう、こっちでたくさんでしたよ。」
「そんなら、福童丸、せめてはこれでも取っといて下さい。」
と言って、権太郎兵衛は金貨の298枚を差し出しました。福童丸は、いただいて、
「ところで牧場はどこですか。」と訪ねました。
権太郎兵衛は後の山を指して言いました。
「あそこへ行ったら、お前の好きのを、連れてください。」
そこで、福童のはツルツル山を登りました。1枚の扉を開けて、見たこともない見事な馬が立っています。2つ目は月輪のように輝き、前足ははるか飯の山の頂をカパカパと踏まえ、後ろ足を酒の泉を踏み下ろすと言う、誠に鬼屋の杜の神様がのりうつったかと思うような神馬でした。
次に、2枚の扉を開けて、これまた、素晴らしい牛がシロエという草の名前の米をニトリニトリかみしめております。
福童丸は傍のイイザサという笹の名前をはらいよけて、その牛に、「ヘンベイ」と問うてみると、
「コンメイ」と答えました。
これは不思議とまた、「ヘンベイ」と問うてみると、「コンメイ」と答えました。
福童丸はもう一度、イイザサをはらいよけて、「ヘンベイ」と問いました。
すると、牛は、「夏の日は照るに照る。月に3度の利益。」と答えました。
いよいよ、不思議に思い、イイザサをはらいよけて、4度と言いました。
すると、牛は、「権太郎兵衛の一人娘の婿になれ。」と答えました。
福童丸は大変喜ぶと今は再び、牛の様子を伺いました。
あっぱれ見事な足たちで目は月輪のように輝き、角の向きは風や火の禍(わざわい)を知らせるという。中でも、その尾といったら、まるで、法華経八の巻を押し下ろしたような、誠に神様らしい牛でした。
これも、仏様の権現かとも思われた。
そこで、福童丸は、権太郎兵衛の、美しい1人娘を嫁にもらって、1枚の紙馬と2枚の羽塩買って、鬼の神様の下へ帰りました。それから、福童丸は美しい嫁と幸せに暮らしました。
権現の牛と馬は村の田んぼを耕しました。牛と馬は耕すとき、「一束四斗八升」と言いました。
すると、稲は木のように高く伸びて、黄金なす稲穂が実ました。おかげさまで、村がずいぶん栄えて、みんなの幸福な日を送るようになりました
今でも鬼屋神社のゾンベラ祭りで、このお話を囃子太鼓で舞い踊るそうな。
(おしまい)
Re: 暑中お見舞い申し上げます - sisi
2024/03/29 (Fri) 23:33:36
りんき梅
(三重県の昔話)
むかしむかし、一身田に地主であった男がいました。その男は長年連れ添った妻をよそに密かにもう一人の女の所へ通っていた。夫を愛していた妻は愛されている間は、そんな事は知らずにいたが、そのうちに夫の素振りの違いからなんとなくおかしい感じ始め、やがて、よそに思う女のいるところを知っていた。妻は嫉妬のために怒り狂い、挙句の果てに、刃物を持ち出、夫を殺し自分も小竹とした。とうとう夫を庭のすみの梅の根っこのほうに追い詰め、恨みを込めて刃物を吐きだしたのだが、夫は危ういところで体を交わし、梅の木の後ろへ逃れた。妻の突き出した刃物はズボリと梅の幹に突き刺さった。抜こうとしたが抜けない。それを見た夫は妻の念力の恐ろしさに身震いして、その場にへたりこんでしまった。妻はそのうちに我に返り、己の嫉妬の心の底深いことを知り、我が身を恥じ、そのまま夫の前から姿を消した。その後、発心して、専修寺に入り、刃物突きが出た梅を境内に移し植えて、りんき(嫉妬)の戒めとしたそうな。(おしまい)
(参考出典:東海の民話・語り継ぐ68話、中日新聞本社刊)
Re: 暑中お見舞い申し上げます - sisi
2024/08/04 (Sun) 10:00:39
最近はかなりの猛暑が続いております。水分補給と冷房しましょうね。
「寝富貴どん」(長崎県の昔話)
むかし、ある男が、イカや魚たちの漁に出たが、イカや魚たちもあまりつかず、船に寝ておりました。すると、船の底には、こつこつこつこつとあたるものがあった。おどろいたら、「カワウソどもじゃあるまいし」と思ってみると、ひょうたんでした。それを拾い上げてみると、その人に何か沈んでいるので、引き上げてみると、千両箱が出てきた。その千両箱の浮いたものがひょうたんと一緒でした。これで、その男は大金持ちになり、寝富貴(ねふき)どんという名をよびました。おしまい
Re: 暑中お見舞い申し上げます - sisi
2024/08/13 (Tue) 16:40:03
夏は怪談昔話です。
「ドアノブと電話」(宮崎県の昔話)
むかし、宮崎のある小学校に、一人の公務員が夜中になっても校内を見まわりした。
午前0時になると、校長室のドアノブがくるりとくるりと回った。
午前3時になると、校内の全室の電話が鳴り始めり、うるさい音だ。
回るドアノブと鳴る電話は夜明けまで続いた。公務員はうるさく布団をかぶった。(おしまい)
Re: 暑中お見舞い申し上げます - sisi
2024/08/14 (Wed) 09:26:20
明日は終戦記念日。今回は戦争にちなむ日本の民話を紹介いたします。
「夢でものを貸す」(滋賀県の昔話)
むかし、農業出身の男は大東亜戦争の時に。夜の夢に弟が来て「俺は善光寺参りをしなんだのが心残りは、是非お参りたいから兄貴の白い数珠を貸してくれ」と言う。「いいとも、持っていけ」と言って目が覚めた。不思議に思って仏壇の中の箱を調べると、中の白いサンゴの数珠がなかった。妻に尋ねても触ったこともないと言う。それから七日ほどして、また弟が夢に現れた。「おかげで念願の善光寺にお詣りしてきた。数珠を返すよ」と言う。目が覚めて仏壇の箱の中を見ると、数珠はちゃんと入っていた信じられないよほど不思議なことであった。男がいとこにこの話をしたらいとこも夢を見たと言う。善光寺にお参りして、大勢の人と共に本土に坐っていると前のほうに男の弟がいた。「お前もきたのか」と声かけると「思いに思って善光寺に来たのが、俺はこの数珠が気に入らない。兄貴の持っている白い数珠を貸して欲しい」と言いながら、手に数珠をまさぐっていた。それは糸が緩み珠も粗末な黒い数珠だった。その後は男のところへ弟の戦死の知らせが届いたと言う。(おしまい)
Re: 暑中お見舞い申し上げます - sisi
2024/08/19 (Mon) 22:10:59
天狗のコマ 静岡県伊豆市の昔話
むかし、あるお寺に、一丁という小僧さんがいました。なかなかのいたずら者でお経読むのもいい加減、寺の仕事はそっちのけ、暇さえあれば、コマ回しに夢中でした。ところがこのコマ回しがなかなかの腕前で一度だって負けたことない。ある晩のこと、一丁さんが便所から出てきて、長い廊下を歩き、すると、バサバサバサバサと不意に大きな羽ばたきの音がして、「小僧、こっちへ来い」あっという間に、一丁さんの体は空へ持ち上げられました。一丁さんはびっくり仰天。どしんと一丁さんは、地面に投げ出された。そーっと、目を開けると、辺りは真っ暗で何も見えない。ガヤガヤと誰か大勢いるようです。その時、暗がりのあちらこちらから怒鳴り声が聞こえた。「ほら、小僧、天狗になれ」「天狗になれ」「さあ、さあ、さあ、天狗になれ」一丁さんは震えた。ブルブルと「いやじゃいやじゃ、天狗は嫌いじゃ」すると、天狗がいちどに..笑いました。「天狗は嫌だと、いいや、小僧、天狗にしてくれ」天狗にされるとは、情けない。はて、どうするか。ところが、「あっ、そうだ」一丁さんはコマを持っていたことを、思い出した。一丁さんはコマを回しながら、誰だって負けない。「天狗さん、コマ回ししましょう。私が負けたら、天狗になってもいいけど」と、言いました。よし。天狗は立ち上がった。「そら、行くぞ。」シューと暗闇の中から天狗のコマが飛んできた。一丁さんも負けずにコマを取り出すと、ビューと投げつけた。パチ。パチ、パチ。あっという間に、天狗のコマは、引き飛ばされた。「これは強いぞ」ヒューピューと天狗たちは次々と駒を投げましたが、一丁さんには勝てません。「ええい、しゃくだ。」「小僧、負けたぞ」天狗たちはザワザワと立ち上がり、天狗に負けた、コマを一丁さんのふところへねじこみました。「わはははは、見事なことにしてやられたわ」天狗笑いが起こると大きな羽ばたきがして、天狗の姿は消えてしまいました。夜が明けると、「一丁さん、よおーい。」「小僧、やーい」見ると、向こうから、和尚さんや村人たちがやってきた。「どうしたことじゃ、一丁さん、きょとーんとして」「あれまぁ、ふところに、たあんと何を入れてるのかな」気がつくと、一丁さんのふところにはいっぱい押し込まれていた天狗のコマはいつの間にか、椎茸になってしまいました。(おしまい)
2012/06/05 (Tue) 08:52:52
☆お(^O^)☆は(^o^)☆よ(^0^)☆う(^ー^☆♪ございます。
自分で描いた絵ですが・好きな一枚です・・。
再びのお届けかも?
今日の笑顔の宅配です。
Re: えつこの部屋 - sisi
2012/06/06 (Wed) 17:01:24
遅れてすいません、ありがとうございます、幸せいっぱいの作品ですね、笑顔が届いていますよ。
これは、黒犬がジュースを飲んでいます、ワンワン!
Re: えつこの部屋 - sisi
2012/06/18 (Mon) 00:48:06
お知らせ、きのうまで開催された芦屋のギャラリー・ポウの白黒展で飾った、あのジュースの黒犬のはりえの原画が売れました、お買い上げありがとうございました!
Re: えつこの部屋 - sisi
2021/01/06 (Wed) 21:59:07
可愛い昔話あります、ムジナです。
ムジナの星見
(長野県の昔話)
ムジナと言うのは、人を騙したりすると言うあまり評判良い動物ではありません。
さてむかし、信濃の国のムジナでは、星を眺めるの出そうな。この土地の夜空があんまり美しいだろうか。ムジナは犀川べりの岩かどに立って、のけぞるようにして星を見つめていました。星は東から西へとそっと静かに動いていくから、ムジナもだんだんのけぞって、ついにはポトンと犀川へ落ちてしまうと言う。犀川の魚を取るための仕掛けの竹すにムジナの死んだのが引っかかったりすると、
「あー、昨夜の星がきれいだなぁ。」と村人は言うそうな。
(おしまい)
もうひとつ長野県の昔話あります。
河童とザザ虫
長野県の木曽地方
むかし、川奉行の六兵衛が、馬に乗って天竜川を見回っていると、水の中から河童が現れ、いきなり馬のしっぽに飛びついた。六兵衛は、馬もろとも、危なく川の中へ引っ張りこまれそうになったが、馬にムチをくれて、やっと、屋敷まで引き返した。ところが河童は、馬のしっぽが手に巻きついて抜けなくなり、ついに六兵衛の厩の前まで引き込まれてしまっていました。河童は、飼い葉おけの中に隠れていたが、六兵衛に見つかってしまいました。
「川の魚ばかりか、今まで取って食おうとしたが、タチの悪い河童は、生かしておけぬ。」
危なく殺されそうになった河童は、「どうか命ばかりはお許しください。その代わり、酒の肴にもってこいの珍味を持ってきますので約束します。」
と、六兵衛に向かって手を合わせました。酒の好きな六兵衛が、河童を許してやると、その晩、カッパは、ざるいっぱいのザザ虫を川からとってきました。「こんなものが食えるのか?」
ざるの中で、もぞもぞと動いているザザ虫を見て、六兵衛は顔をしかめました。「はい、見かけによらずは、なかなかの味でございます。」河童は、ザザ虫を鍋でいって、六兵衛にすすめた。
「なんだ、今までのないイケるうまさだ。」
六兵衛は、舌鼓を打ちながら、晩酌を重ねたような。もちろん河童も晩酌へ付き合った。
今でも天竜川のザザ虫は、伊那谷の珍味とされていました。
(おしまい)
Re: えつこの部屋 - sisi
2022/01/04 (Tue) 19:51:47
こんばんは、寅年にふさわしい昔話をご紹介いたしましょう。
「虎とイタチ」
(新潟県の昔話)
むかしむかしのある山の中に、虎とイタチが出会いました。虎がある時、大きい声で威張って言うた。「この山の中で、おらが、いち早く走り、かけっくらで、俺に勝ったもんはいないからな。」イタチは、「おいおい、虎どんよ、お前は大変な勢いであるが、だけど、オラとかけっくらをするのか。」「何、イタチか、生意気なことを言うな。よし、勝負だ。」2人は、かけっくらを始めた。その時、虎が飛び出すのが早いか、イタチは、虎の尻尾につかまって、ぶら下がっていました。しばらく経つと、虎が、止まって後ろの方を見て、「イタチのような、小さいこの様して、オラとかけっくらをするなんて、なんだ、影も形もない。」と言うた。「おいおい、虎どん、それは困るな、俺はここにいるよ。」と、自分より先の方で声がしたんだが、虎は、たまげて飛び出した。こうして、虎が止まって後を見るたびに、イタチは、いつも虎の尻尾から降りて、虎の先にいました。さすがの虎も、イタチ、の知恵には、かなわない、とうとう負けてしもうた。 (おしまい)
Re: えつこの部屋 - sisi
2022/01/05 (Wed) 18:38:50
今日は寒くなりましたね。十二支に選ばなかった昔話を紹介します。
「熊とタニシ」
(大阪府枚方市の昔話)
むかしむかし、河内の国の枚方は津田の国見山あたりのところに、十二支になれなかった熊とタニシが、おった。
元旦になり、熊とタニシは,神社へ初詣にいくことにした。
熊はなぜか、尻尾が長くたれている。
二人は十二支になれない悔しさを話しながら歩いた。
「熊どん、十二支たちは足が速いから,オラたちは足が遅いからべべになってしもうた。」
「ああ,タニシどん、十二番目になれへんとは悔しい。」
「熊どん、オラと神社まで競争せえへんか。」
「アホなこと言うな。タニシどんが,のろのろやから勝てるないやろ。おらのほうが速いからな。」
「わからへんで,おらのほうが速いかもしれへんで。」
「ほな,タニシどん、おらと勝負したろうか。」
「熊どん、ええとも!」
というわけで、熊とタニシは、神社まで、どっちが足速いのか競争した。
熊は余裕で走った。一方、タニシは、ホンマは相変わらず足速くないが、頭の使うことは上手いけど、熊のたれたしっぽに口でかじりついたことを、熊は気づかないようにしている。
熊は、「とうとうタニシがいないぞ、もうあきらめたか。これでオラの勝ちや!」と、楽々走った。
ところが急に吹雪がきて、熊は寒がりながら走り続けた。だが、熊の尻尾にかみつくタニシは吹雪にあって耐えられない。
「な,なんや、かみつく力がたえない〜。もうあかん。」
神社まであと一歩に着くところだが、さらにはげしい吹雪がきて、とうとうタニシは、熊の尻尾が、プチンときれて、神社まで飛ばされて落ちてきて、まさか、熊より着いてしまった。熊も神社に着いた。
「はて,なんで、タニシどんが神社に・・・。」
「熊どん、尻尾が短くなったけど、どないしたんや。」
「あれれ,いつの間に・・・。」と、熊もさっぱりわからんかった。
なぜ熊の尻尾は短かったのも、はじまりかもしれませんね。 (おしまい)
Re: えつこの部屋 - sisi
2022/01/22 (Sat) 06:41:30
「手振り地蔵」
(兵庫県西宮市の昔話)
むかしの平成のころかな。
女子大生二人が学校の休日に車でドライブへ出かけます。
六甲山あたりのあるところに、お地蔵さんのような手をあげながらボールを持つ少女の立っている銅像がありまして、これを手振り地蔵と呼ばれたそうな。
助手席にいる女は車窓を見ると、身振り地蔵の後ろの風景などを見ると、何らかでバイバイしているような手を横に振っているように見えてしまいます。
でも、運転手の女は、手振り地蔵がこっちにおいでおいでとしているみたいに手を縦に振るように見えてしまう。
帰りには、思わない交通事故に遭いました。不思議そうで恐ろしい話でした。
おしまい
Re: えつこの部屋 - sisi
2022/01/29 (Sat) 20:42:46
こんばんは、怖い話もあります。
「岩魚坊主」
岐阜県中津川市の昔話
むかしむかし、中津川にたくさんの岩魚が泳いでいた。日照り続きで、淵の水が減ってしまい、3人の男は淵に毒を流して魚を殺しました。そこで小屋の囲炉裏に鍋をかけて、煮込んだ。すると、どこから来たのか1人の坊さんは訪ねて来て、3人に言ったそうだ。
「これこれ、魚を取ることは、やめなさい。」
「坊さんには関係ない、魚を取ることが、おらたちの自由だ!」
「魚に毒を流すことは、みんな殺されてしまうから可哀想だ。」
3人は坊さんから聞いたことが気味が悪そう。
男は少し震えながら、坊さんに団子を差し出した。
「ところで坊さん、よかったら団子を食わねえか。」
「すまないな、いただきます。」
坊さんは男からもらった団子をパクリと飲み込んだ。
3人の男は、魚に毒を流すことをやめた。
次の朝、3人の男は、あれだけ坊さんの言われたことをやぶり、再びあきらめず、淵に毒を流した。次々と水面に岩魚たちを浮き死んで、最後の淵に誰も見たことない大きな岩魚があり、毒を流して、とうとう死んでしもうた。3人の男は、酒盛りしながら、たくさん取った魚をたらふく食べた。
床に坊さんが食べた団子がコロコロ転がったが、あの団子が岩魚の目ん玉になった。袋に入っている団子達もみんな目ん玉だった。3人の男はますます気味悪く恐ろしかった。
その次の朝、3人は目が覚めず、とうとう死んでしもうた。
きっと、岩魚を殺して食べたたたりに違いない。
あの坊さんの正体は、最後の淵に住む大きな岩魚の主でした。
(おしまい)
Re: えつこの部屋 - sisi
2022/02/01 (Tue) 19:21:52
「節分の山の神」
(長野県の昔話)
むかしむかし、山師の子分たちが山へ行き、小屋を建て泊まりました。
節分の日には、家へ来たいと思ったけれど、日にちを間違えて、節分の晩に泊まった。
そうして、夕飯を食べたら、みんなは眠った。それでも、親方は一人だけ眠らず、火をどんどん炊いた。
そのうちに、背の一丈のある爺さんが、そこへ来た。そうして、ものも言わねえで、座って、妙だ。と思い、親方も口を聞かねえで、黙った。そしたら、そのうちに、だんだん白んできて、夜が明けそうになった。そしたら、若い女が背中から子供を降ろして、
「さて、降りて乳でも飲んでいこう。今夜はいい年とりにしょうと思ってきたでも、邪魔者がいて、いい年はできなかった。」
と、そう言った。そうして、乳をくれて、女が出ていった。そしたら、背の高い爺さんが、
「お前たちは、節分の年取りの晩というのに、どうして山に泊まったの。おらが来たからよかったが、おらが来なければ、今出ていった若い女にみんな食われてしまったんだ。」
「あれはなんだ。」
「あれは山鬼だ。おらは山の主だ。山の主は山の神のことだ。おらをおっかねえと思うやら知らないが、今出たのに昨夜に食われてしまったんだ。」
「おかげさまで、ありがとうございます。なんのお礼するか。」
「お礼はいらない。」
とそう言って、そのまま消え去りました。
(おしまい)
Re: えつこの部屋 - sisi
2022/03/10 (Thu) 22:12:54
明日3月11日金曜日で起きた宮城の三陸の東日本大震災の発生した場所。三陸の昔話を紹介しましょう。
あの
聟入り 南三陸町 昔々、あるところに、働き嫌いな怠け者の男がいました。毎日ごろごろ寝てばかりいて、いいことないのかな。とぶつぶつ言った。ある日のこと、怠け者の男は、彼方へ行って赤い小さな提灯1つ買いました。その足で森の中のある八幡神社へ行って、誰もいないのか。と屋根に登りました。瓦の中に巣を作っている鳩が1匹おりまして、ふところさ入れて降りてきました。その夜のこと、怠け者男は、それを持って、長者の家の庭の杉の木へ登りました。この木は長者の家の氏神様の神木でした。長女は、いつも夜中になると、しょんべんしたくなり起きました。目は覚まして、お布団から出てくると、 長者さん長者さん。 と言う声がしました。 なんだ今ごろ。 と長者は首はかしげていましたすると、杉の木の上でいる怠け者の男は鼻は手を手でつまんで、俺は誰だか知ってるか。と言いました。俺にはわからない。長者が答えると、 オラはこの氏神さんは長者とこの一人娘さ、いい聟ぱやっぺとおもってなや。空からここの杉の木さ下ってきたのだや。 と怠け者の男は、威張って言います。 それはすまない。 ンダべんだべ。 んで、おらどこさくる聟は誰だ。 と長者は聞きました。怠け者の男は一段と声張り上げて、 それは隣の男がいい。と言い、そして端の足の小さなちょうちんを糸で結び、手から放した。パタパタパタと森のほうに飛んでいった。ポーポーと鳴き声がしばらく聞こえた。長者は、 本当に氏神さんのお告げか。 とつぶやいた。その明くる日の朝の事、長者は村のおばあさんば喜んで怠け者の男の家へいってもらった。 隣の長者さんが、お前ば聟さ欲しいと言ってるのだが。母さんが言いますと、オラのものでいいのならば、聟さいくべや。 と怠け者の男が言いました。それから男は長者の家へ行って、楽に暮らした。 人は頭で出世するのだから。 とつぶやいていていたと言うことだ。終わり
狐とりの弥左衛門 牡鹿郡 昔々,鯰江(なまえ)六太夫と言う笛の名人が降りまして、気ままな殿様の怒りに触れて、島流しになりました。6大佑はいつもしぐれになると笛を持って浜辺にたたずむのでした。遠くぼんやりと自分の住んでいた陸地を眺めて、それから笛を吹きました。ある日のこと、6太夫が笛持って、浜辺にたつと、どこからともなく13、4歳の童子がやってきた。 6太夫や六太夫や。 と童子が言います。 なんだかどこのわらしだ、見たことないなぁ。 6大佑は不思議に思って聞きました。 おらはこの島の狐だ。 あれ狐なのか。 六太夫は驚いて声をあげました。 六太夫やオラはいつも笛を聞くのが楽しみでね、6大佑がこの島に流されてきてから毎日笛を吹くものだ。と言い、それからかなしげにこう言ったのでした。六太夫やその笛も俺は今晩きりで聞けなくなるものだ。 どうしたんだ、童子。 六太夫は訪ねました。 実は明日の朝、ここさ弥左衛門が流れてくるよ。 弥左衛門って誰だ。 狐とりの名人だ。この男さかかると、どんな狐でも逃げることができないことだ、弥左衛門が殿様の山に入って狐を取ったので、ここは島流しになったのだ。とわらしは、打ちしおれるばかり。 明日の朝の事、童子にはわかるのか。 来年のこともわかるよ。と童子が言います。 六太夫や,今まで笛を聴かせてもらったお礼にオラが源平合戦の有機ばみせすべ。 と童子は,激しい源平合戦の様子をまのあたりにみせた。それが進むと、 六太夫や、今度の月夜の晩にここさきて、一生懸命笛を吹いてみなさい。 と言います。そして、 六太夫や、それではオラがはいくす。しばらくここで不要吹いてください、俺は笛を聴きながら洞穴へ戻って、明日、弥左衛門に取られるのを待っている。と言い、幾度も幾度も振り返って草むらの中に姿を消した。 おかしなことをあればあるものか。 六太夫はそうつぶやいてて、上を口に当てたのでした。明くる朝の事、狐鳥の弥左衛門が来て、古狐を捕まえたと言う噂を聞きました。やっぱり本当だったのか。六太夫は狐の肉を食べろと言われても、首を横に振るのでした。月夜の晩のこと、六太夫は童子の言ったとおり、浜辺に来て一生懸命ふよう吹きました。笛の音は海の面を渡って、遠くまで流れていったのでした。 自分でもよく吹けたなや。 六太夫も快い疲れがきて、やがて眠ってしまった。その同じ月夜のことを、殿様は用事があって、お城のある町から海岸に来ていました。ふと、耳をすますと、美しい笛の音が流れてくるのでした。今まで聞いたこともない位の美しさでした。これこれ、あの笛は誰が吹いているのだ。と家臣の者に問うたのです。 太郎様、俺もさっきから聴き惚れておりました。でも誰も知らないというのが。と答えるのでした。やがてそれがここより30里もある海の上のはるかから聞こえてくるものと知ると、さらにさらに驚くばかりだ。 これはきっと名人が吹いたんだな、なんでまた島へ流したのだ。 と自分の気ままからしたことなど忘れて、すぐ召し帰せと命じました。六太夫はいよいよ、自分の住処に戻ることになり、狐取りの弥左衛門から狐の毛皮を譲り受けて、穴を掘り、埋めました。その上に石をのせ、狐の塚と名付けたのでした。六太夫は船の出るまで、その塚の前で笛を吹き続けていました。 終わり
人買譚「ひとかいたん」南三陸町
昔々、あるところに貧しい家があり、そこには10歳になる娘がいました。 不作も困る。 と世話する人があって、娘は売られてしまいました。娘は知らない他国先で、ご飯炊きながらの子守の仕事として使われていました。夕暮れになると、娘は、お母さんといって母親は恋しくなって泣くのでした。あんまり泣くものですから、そこの旦那さんも お前は10歳か。 と暇ばやると、言ってくれた。 これからお前は、人買いで売られてはだめだ。と言って聞かせ、外にやることになったのでした娘は幾度も幾度もお礼を言って、自分の里へ戻っていった。いよいよ明日は郷に着くと言う日でした。娘は船を乗るため港の旅籠さ泊まった。そう旅籠は人買いの男が泊まっていました。 旅籠のおんつあん、娘いねえがなや と旅籠の主人に言いました。 いねえことはねえが、まだ年とってねえものなや。 歳はいくつ。10歳なったばかり。と言って、娘の泊まっている部屋の障子を穴あけて、覗いてみたのでした。 まだ小さいやつか。 そうか。 俺は買うことする と相談がまとまっていた。それを聞くと、娘は恐ろしさにブルブルと震えているばかりでした。明くる朝、旅籠の主人は、これ娘これ娘、里へ戻る船はあるからそれを乗りなさい、俺も行ってけっからなや と言います。娘は泣くばかりでした。人買いの男と旅籠の主人と娘が船さ乗りました。だんだんと港が遠くなっていきました。夕暮れになると、小さな島が近くなりました。 ここの島さ休むぺ。 と人買いの男は真っ先に飛び降り、島さ上がりました。手には太い綱を持っています。これで船を木さ結ぼうとするのでした。すると、旅籠の主人はいきなり懐伝え、持っていた小さい方のでぷっつりと網を切ってしまったので、どこへ行くのだ、旅籠のおんつあん と人買いの男は、叫び声をあげますが旅籠の主人は素知らぬ顔をして船を漕ぎ出した。そしてそのまま娘をこの里へ送り届けて人買いの男からもらった銭を置いて、 こっちの家でこれから困っても娘は売ってはダメだぞ。 と言っていたと言うことだ。終わり
河童の詫び,南三陸町
昔々、本吉郡の河童はいたずら好きで里のみんなから嫌われてしまいました。 とってもオラ部落さおけねえから。 ととうとう追い出されてしまった。本吉のかっぱは、こんな汚い部落さいねえす。 と憎まれ口を聞いて、仙台の城下町に出てきた。旅籠に泊まっていると、暑い暑いとみんながいます。その年は例年にない暑い夏でした。すると本吉のカッパは、 おらが涼しくするよ。 と言って術を使い曇りの日を続かさせたのでした。お日様は顔を隠してしまった。街の人々は しのぎ良い夏だ。 と喜んだ。本吉のカッパは、秋まで遊んで土産物をたくさんもらい、里に帰りました。藤田、俺はこんなに宮城ものもらってきたぞ。頭胸を張って、里の入り口まで来ました。すると、里の人々が、いっぱい集まって行きました。で迎えに来た。カッパがいました。里の1人が戻るのは待っていたのだと言いました。カッパは土産ものは1つもやらないぞと言いました。物などいらない。と里のひとりが、カッパをいきなり殴りつけました。 何するんだ。 河童が言うと、 このばかかっぱ、術ばかり使って曇リ日ば続かせたんだ。里の田んぼを枯れてしまった。 と他の里の1人がまた殴りつけました。本吉のカッパは悪かったと、里の人々に詫びを入れたと言うことでした。終わり
ムジナの話,南三陸町
昔々、今日の公家が家来れば52匹連れて、地方巡察と言って村々をまわってきました。公家は立派な髭を増やしてそっくり返ってきました。階上村の肝入の家さ,止まることになった。 公家さん,泊まった記念に掛け物を書いてください。 とその家の主人が頼みますと, 書いてください と公家は守護符として手書きされた。 公家さんなに食べます と聞きますと、私は肉と魚かな。と答えました。大漁されたばかりのイワシを食べてください。 と主人は言いました。
公家は家来に給仕するといい、襖を閉め切り、食事をしました。毎日毎日、イワシを食っても食っても飽きる様子もなく大好物になってしまいました。もっと持ってください。とたくさん食べました。ある日のこと、私どっち泊まっている公家は、来てから30日にもなるのに、1階も風呂は入りませんねぇ。と家の主人が村の年寄りに不思議に思い話をしました。おかしな9夏は無理に無理でも案内してよ。と年寄りは言いますので、家の主人は とっても良い風呂ですから と無理に、風呂をすすめました。公家は全部の戸を閉めて入っていきました。家の主人はそっと節穴から覗き込みました。すると、公家の姿ではなく、一頭のムジナが風呂を入っていいて、太いしっぽまでも見えてしまいました。ムジナの仕業かと驚いていると、たちまち下の公家さんになって出てきました。私の目の間違いかな。と家の主は自分を疑ってしまっていました。公家さんはいよいよ出発されることになりました 浜街道を通って気仙沼行きます。 と家の主人が勧めたのですが、公家さんは、 私は陸が嫌だから。 と言い、舟で鹿折まで行きました。その後年寄りは、陸へ行けば犬に襲われるから海へ行ったぞ。 と言いました。この公家は京都のあるお寺に住んでいた古いムジナであったと言うことだ。今も公家さんの宿泊した階上村(ハシカミムラ)にも片浜にも、ムジナの掛物が残っているそうな。終わり
黒船 南三陸町 昔々、ある日のこと、志津川の沖の方から一層の黒塗りの船が入ってきました。その船は、今まで見たことない美しい飾りでした。しかも笛や太鼓の賑やかに囃子をたてていました。 なんだこれ。 と浜の人たちは不思議を感じ、かけて行ってみると船がいっぱいに大きな畑や小さな畑を片して、8、9歳位の子供たちが美しい手甲脚絆(てっこうきゃはん)に身を固め、小手には鈴をつけて笛や太鼓に合わせて身振りおかしく小さな太鼓を鳴らしながら踊ってているのが見えました。船から1日一夜中、囃子の音が聞こえていたのですがどうしたわけかばったりとその音が止んでしまった。浜の人たちは顔を見合わせてますます不思議に思い感じ、恐るほど小舟を漕ぎ出して黒塗りのか船に近づいてきました。しかし、あれほどにぎやかに、囃子で踊っていた子供たちはこの姿は見当たらない。人のいた気配さえ感じられなかった。 不思議なことがあるのか。 と浜の1人が見ると、黒ずんだ大きな古い船の中にはただ一体の御神体が安置してあるだけでした。 これはきっと、神様が俺たちの浜がいいと思ってお泊りになったのか。 と浜の人はいいました。この浜の祭りの日は、囃子を真似てトリ囃子といって黒船を飾り、その上に浜の子供たちをのせ、浜じゅう総出で町じゅうを引きまわしていました。終わり
Re: えつこの部屋 - sisi
2024/05/17 (Fri) 23:06:29
「警官に化けた狸」(愛媛県の昔話)
むかし、狸が、ばあさんの家の沢山の柿を吊るしているやつを狙い、ついてきた。
タヌキが警官に化けました。「こんにちは、おばあさん、その吊るしている柿は見事じゃ。いい色してるなー。あの柿を一輪ぐらい、わしにくれないか。」
「ああ、ええとも、おまわりさんなら、喜んで」とおばあさんが一輪の吊るし柿を降ろしてやり、狸に渡した。そしたら、吊るし柿を首飾りにした狸が帰るとき、狸の右足が道端でトラバサミの罠に引っ掛かってしまった。そう、あのおばあさんは、最初から狸が警官に化けたことの匂いでわかってしまいました。(おしまい)
Re: えつこの部屋 - sisi
2024/07/08 (Mon) 07:03:09
おはようございます。
袋下げ (長野県の昔話)
むかし長野の大町にある一人の侍がおった。
侍が、昼間、街道を通っていたら、いきなり、木の上から白い袋をすっぽりかぶせられた。侍は、すぐさま、袋を脱ぎ捨てて、机の上ににらみつけた。すると、ガサガサと葉っぱの音がして、タヌキが顔を出した。侍は小さな刀を、タヌキめがけて投げつけた。小さな刀は、タヌキを飾って落ちた。タヌキは、体を丸めて他の枝に飛び移り、逃げていった。侍は独り言を言って、スタスタ歩いた。「タヌキの袋下げだ」(おしまい)
Re: えつこの部屋 - sisi
2024/07/11 (Thu) 02:24:04
これは笑わせる昔話です。
「チーズ知らず」(沖縄県の昔話)
むかし、店のおじいさんが、終戦間近に、喜如嘉(きじょか)のイザジキという浜辺からチーズを拾ってきて、親類同士で分け合って、少しずつ食べました。
おじいさんは、拾った役得として少し多めに食べたらしい。しばらくすると、おじいさんの妹にあたる母が、「あぁ、気分悪い」と、寝込んでしまった。それを見たおじいさんが、「私が、一番多く食べたんだから、私が早く死ぬんだなぁ」と嘆いたと言う。その後、みんな、なんでもなかったので、全然死んでなかった。それで大笑い、みんな本当にチーズとは知らなかったことだ。(おしまい)
2013/04/30 (Tue) 09:45:50
行頭折り込み
お題の頭を取って文にする遊びが流行った頃の作品です
文:ゆうま&ぱられる
貼り絵&構成:ぱられる
Re: 行頭折り込み - sisi
2020/12/06 (Sun) 16:17:16
こんな面白い話あります。
白米城
むかしむかし、山の上に小さな城があった。
にわかに隣の国から攻められて、えらい難儀な戦さを続いた。城主は、(こちらも難儀で隣の国の軍勢もこう長い城攻めでは、さぞ、疲れておる。今一息頑張れば,攻め手もあきらめて,囲みをとくやも知れぬ。)と,思ったところへ,一人の家来は,そそくさとかきつけて、『殿様,大変でございます。」じっと,殿様の顔を見上げると,さも悔しくそうに,「大事な時に,城の水がなくなりました。」「なに,水がないだとー。」知らせを聞いて,殿様は,さっと顔色が変わった。
「この城の水は,わしらの命と同じだ。いよいよ落城かー。」唇噛んで,目を瞑り,あとは一言もおっしゃらぬ。そばの大将の一人はが言うた。「殿様、このうえに,皆々討死と覚悟を決め,すぐさま、敵の中へ討って出ることにいたしましょう。」殿様の許しを受けた大将が、最後の合戦を、味方の兵に知らせようと、本丸から下へ降りたときじゃ。百姓あがりの馬引きの男が、ひょこっと現れて、「旦那様、死ぬこたぁ、いつだってできますだよ。わしに,ちっと、考えがありますでー。」と、大将の耳にささやいた。すると、大将は、しばらく、いぶかしそうにしておったが、「よし、ものはためしということもある。それでは、城にあるお米を、集めよう。」お城中に集めたお米が、残らず、馬を洗う大きなタライの中に、入れられた。白い米の入った大きなタライに、お城の中から持ち出すと、外には、馬が並んで待っていた。
そこには南向きの日の当たるところで、敵の陣地からは,一番よく見えるところでした。馬の世話をする家来たちは、タライの中から、手桶で白米を救うと、ザーザーと、馬の背中にも、横っ腹にも、尻にも、ぶっかけた。この様子を遠くから見ておった敵方、驚いたって、「お城では水がなくなって、もうそろそろ、降参すると思っておった。それなのに、あのように、惜しげもなく水を使って、馬を洗うとはー。」びっくり仰天してしもうた。これはかなわぬと、攻めるものをやめて,さっさと自分たちの国へ,ひきあげたそうな。敵の陣地から見ると、馬にふりかけておる米が、お日様にキラキラ光り、ちょうど、水に見えたんじゃ。このことがあってから、誰いうことなく、この小さな山城のことを、白米城とよぶそうな。 おしまい
ステレンキョウ
むかしむかし、奉行所の前に,高札がたって、大勢の人が集まってた。漁師の浜介が通り、(一体、何事だ。)と、そばへよっていったが字が読めないで,人に聞くと、
けさがた、この浜で、奇妙な魚がとれた。その魚の名前が分からぬので、いいあてた者には,金子百両をあたえる。
と、書いてあるそうな。
(魚のことならー。)と、浜介は,早速、奉行さまの前に出て、みせでもらった。
(なるほど、これは,見たことねえ魚だ。)びっくりすると、奉行さまが、「これ、浜介とやら、それなる魚の名は、なんと申す。」突然聞かれて、浜介は、「テレスコと申します。」と、うっかり言うてしもうた。「テレスコと申すか。テレスコ・・・。なるほど、よく知らせてくれた。褒美をとらすぞ。」というわけで、浜介は、百両という大金をもらい、とぶように、女房のところへ帰った。さて、それから、ひと月ほどだった。あとのことでした。
また、奉行所の前に、高札がたって,大勢の人が、集まってる。高札には,
不思議な魚がおるが、名前がわからぬ、名前をいいあてた者には、褒美として、金子百両をあたえる。
と、前と同じようなことが書いた。浜介は,また奉行さまの前に出て、魚を見せてもらった。「浜介、そこなる魚の名はー。」「これは,ステレンキョウと申します。」浜介が、いい終わるか終わらぬに、奉行さまは,きつい声で、「ここな、ふらち者めがっ。これなる魚は,前の魚を干したものじゃ。浜介、そのほう、前には、その魚をテレスコと申し、今日は、ステレンキョウと申したな。お上をあざむき、またも金子を狙うとは、重ね重ねのふとどき者、打ち首の刑をもらうぞ。」というわけで、浜介は、牢屋に入られた。
今日は、いよいよ,打ち首になる日のことだ。お白洲にひきだされた浜介は,これが最後の別れというので、女房や子供に、ひと目会うことも許された。「これ浜介,あとに残る妻や子に,何か言い残す事はないか。」「はい、お奉行さま。」浜介は、後ろ手に縛られたまま、女房と子供のほうを向くと、しみじみと言うた。「いいか、お前たちは、これから先、たとえ、どんなことあろうと、決して,イカの干したのをスルメというでないぞ。」言いおわると,浜介の日焼けした頰に涙が流れた。そのとき,奉行さまはポンと膝を叩いて,「それっ,急いで縄を解け。」と,家来に言いつけて、縄を解かせると、今度は、自分が、ハラハラと涙を流して,「これ浜介、わしが悪かった。イカ干せばスルメ、テレスコ干せばステレンキョウになるのか、なるほどなー。」というわけで、浜介はまた、褒美に百両をもらい、女房と子供を連れて仲良く家へ帰りました。
おしまい
Re: 行頭折り込み - sisi
2022/07/13 (Wed) 22:38:25
どうもこんばんは。お元気ですか7月はもう既に入ってます。こんな昔話もあります。
3つの櫛(くし)
仙台市
昔々、あるところに伊勢参りに行くことになった男がいました。行ってくるからな。と男は旅立つことにすると、母親が、これは串が3つあるから、困ったことがあったら頼んでみてな。と言って3つの串をくれたのでした。その男は行く日か日を重ねて、原にさしかかりました。 どこか泊まる家は無いのか。と前を見ると、灯りのともっている小さな家を見つけました。頭叩くと、旅のものですが一晩泊めてください。と頼むと、優しそうな婆さんが出てきて、あーいいですよと言い、家へあがれと言ってくれました。男は晩飯までいただきました。朝早いものですからといって寝てしまいました。真夜中になると、すうすうと何か音がします。男はその音で目が覚めました。何かなぁ。と男は不思議そうに破れ障子からそっと中を覗いてみると、あっと声を立てているところでした。優しそうな顔の婆さんはすっかり鬼婆の顔顔に変わり、立膝をして、レバーをといでいるのでした。あの男は若いから美味そうだとつぶやいていた。その辺には人の骨が散らばっていました。男はブルブル震えながら、気は落ち着ければと思って、 あー、便所行きたい。 と言いました。すると鬼婆は、 便所行くなら縄を腰に結んでいけ。 と言いました。 わかりました。 と男はわざと平気な顔しました。男は便所に行って、自分の腰の縄をとき、代わりにホウキに結びつけそのまま一散に逃げ出した。鬼婆は縄を引き、まだなのか。 と言っていましたした。返事がないので鬼婆が来て、初めて騙されたことを知りました。こら待て待て。 出刃を光らせ、男の背後を追いかけました。追いつかれそうになって、男はふところから1つの串を取り出し、ぽんと投げて、 大きな大きな山になれ。 と叫びました。するとたちまち山ができて、鬼婆との間がさえぎられました。鬼婆はやっとこやっとこ登ってきて、また追って聞きました。また追いつかれそうな男は、2つ目の串をポンと投げ、大きな大きな川になれ。と叫びました。たちまちの水が流れて川ができました。鬼婆それでも、ザブザブと川へ渡って追ってきました。男は逃げながら3つ目の口をポンと投げると、大きな大きな穴になれ。 と叫びました。 たちまち、大きな穴ができましたが、鬼婆は穴の中に駆け込み、登り始めた。その時川の水が溢れて..あんなに流れ込んでしまったのでした。たすけてたすけて円と鬼婆叫びながら穴の底に埋まっていたのでした。男はそれから無事に伊勢参りを済ませたと言うことでした。終わり
しょんべんたれ
宮城県
昔々、馬子が旅人を馬に乗せて街道を通っていました。旅人は年寄りで頭がすっかりあげてしまいました。 阿武隈を渡ってけろ。 と旅人はいました。馬子は、いわれるとおりに、川の中に馬を引き入れて、ジャブジャブと流れを着ていきました。すると、馬子は川の真ん中でしょんべんをしたくなりました。お客さん、ちょっとしょんべんするからね。あと旨を止めようとすると、馬子さん、そいつはだめだ。川の中には川の神様がいますからしょんべんするとバチが当たりますよ。と旅人がいました。真子はそう言われると、仕方なくジャブジャブと流を切っていきました。すると、馬子は川の真ん中でしょんべんをしたくなりました。お客さん、ちょっとしょんべんするからね。と馬を止めようとすると、馬子さん、そいつはだめだ。川の中には川の神様がいますからしょんべんするとバチが当たりますよ。と旅人が言いました。馬子はそう言われると、仕方なく向う岸まで我慢しました。街道に出ると、 んではここでするべ と馬子は、道端でしょんべんをしようとすると、又旅人は、これこれ馬子さん、街道にも神様がいますよ、そんなことしょんべんすればバチが当たりますからやめてください。と言いました。うまくは困ってしまいました。しょんべんをすることができないので、いてもたってもいられなくない位になったりました。まもなく、旅人は、ちょっと休みたい。と言い、馬から降りて街道の脇の松の木の下に腰をおろしました。タバコを吸いたくなりました。馬子は、そっと松の木の上に登って旅人のはげた頭の上にジャージャーとしょんべんを食べたのでした。旅人は、あり、こんなにいい天気なのに、なんでまた雨が降ってきたのか。と上を見上げると、なんと馬子がしょんべんをしていました。なんだ、この馬め、人の頭に向かってしょんべんかけるなんて。ここさ降りて謝れ、謝れ。 と言いました。馬子は机の上から平気な顔でこう言いました。お客さん、俺はしょんべんがもれそうで我慢できなかった。川の中には神様がいるからバチが当たるからダメなのだ。街道にも神様がいるからダメなのだ。俺は死にそうで我慢できない。お客さんの頭に上がないからな。俺がかけたのだ。バチ当たることもないと思ったから。終わり 仙台市
弁之の土 宮城郡 昔々、野々島さ弁之助という男が住んでいました。正直男ですが、頭がおかしく里人たちは弁之と呼んでいます。
弁之の4つの時、父はなくなり、母親と2人きりで暮らしました。弁之は、毎日、母親の焼いてくれるやきもちを背負い、付近を売り歩くことにした。
「2文だからな。」
と母親によく言い聞かせられているので、弁之は、「やきもちニ文、二文。」と呼んでいた。里人がからかって、「弁之、3文負けてな。」と言っても ダメだだめだ。 と首を横に振った。またある日のこと。弁之は船でタバコを吸い、船べりで、ポンと吸い殻を叩いたので、煙間のカリ首が体中に落ちた。船は順風で走り、便の母、今落としたところの船紅山刀で印をつけました。乗り合いの男が、便の店辺の辺、なんでまたそこを左端のと傷に傷など作っておくなのかあくとうとうとからだ。
おしまい
だんぶり長じゃ
岩手県
昔々、二戸郡の母山村に、左衛門太郎と言う百姓が住んでいました。ある日、女将さんと一緒に、山の畑で働いていました。今お昼を食べてから、左衛門太郎は昼寝してうとうと眠りました。良い気持ちで寝て入った頃、どこからかだんぶりが飛んできて、左衛門太郎の口に尾を入れたかと思うと、向こうの岩のほうに飛んでいきました。行ったかと思うと、すぐまたゆっくり帰ってきて、口の中に尻尾を入れます。こうして頑張りは、2、3回同じことを繰り返したと思うと、どこからか飛んでいってしまいました。女将さんはこの様子を見て、なんと、不思議なことをだと思い、やがて、左衛門太郎が目を覚まして、女将さんに話しました。
「ちょっと眠たい間に、不思議な夢を見たんだ。なんでもだんぶりのようなものが飛んできて、とてもおいしい酒を口に入れてはかえり、口に入れてはかえりしたんだ。だんぶりは、大きな岩のあるところから、運んできたが、もっと飲みたいなーと思った、目が覚めた。本当に不思議な夢だった。」
女将さんは手を打って喜び、
「さてさて、その夢はめでたいことですと、その男ぶりの飛んできたところは、私がよくわかっていますよ。といいます。サイモン太郎にびっくりして、「お前さんが、私の夢を見たことをわかるはずはないだろう。「 と言いますので、女将さんは、 「いや本当ですよ。あなたが寝ている間に、こういうことがあったんだ。「 と詳しく話しました。
2人は連れだって岩の方に行って見ますと、だんぶりの飛んできたほうに、大きな岩がありました。そしてそこには綺麗な泉がこんこんとわいてた。左衛門太郎が早速、手にすくって飲んでいますと、夢で見たあのおいしいおいしい酒に間違いはありません。
「これはきっと、腹の神様が私たちにお授けくださったのだろう。「
「そうそう、あの男振りは、きっと、腹の神様のお使いには違いない。「
「ありがたいことだ。「
二人は大変喜び、この泉のほとりに家を建てて、そのお酒を売り始めました。不思議なお酒の話が、村々に伝わってゆき、遠くからも、たくさんの人が買いに行きました。毎日毎日くんでおりますが、くんでもくんでも泉の水はなくなりません。左衛門太郎たちには、しばらくするうち、たいした大金持ちになり、人々からは、だんぶり長者と呼ぶようになった。終わり
Re: 行頭折り込み - sisi
2022/07/16 (Sat) 10:45:21
「おらびそうけ」 (佐賀県の昔話)
むかしむかし、ある山に炭焼き男が、寝ないで炭焼きをしました。
朝になると、「あーあー。」と大きなあくびをした。
すると、向こうの方の山からも、
「あーあー。」と、あくびするものがいた。
炭焼きの男は、「俺の真似をするな!」と怒鳴った。
向こう側の山からも、「俺の真似をするな!」と、言い返してきた。
炭焼きの男は、それならと、歌をでたらめに歌った。
山の方から、
「でたらめの歌なんか歌うな!」と、怒鳴り返した。この妖怪の仕業は、おらびそうけという山の響く妖怪でした。
(おしまい)
(参考出典:母と子の図書室・おばけ文庫・ぬらりひょん、山田野理夫/著、太平出版社)
Re: 行頭折り込み - sisi
2022/07/16 (Sat) 14:46:00
鷺の湯 (岡山県美作市の昔話)
むかし、美作は沢田の中に、円仁という坊さんが歩くとき、何やら、湯気を見つけると、そこには、一羽の美しい白鷺が毎日飛んできてから疲れて休んでいるので、不思議に思ってみると、そこには湯気の立つお湯が湧き出ていました。白鷺が傷ついた体にお湯を浴びて傷を治したいたのでした。その白鷺のおかげで、温泉を発見した円仁から湯郷の人々へ伝わり、白鷺に感謝して、昔は猟師に出ても決して白鷺へは銃口を向けなかったといわれる。これを鷺の湯といいます。こんな質の素晴らしい湯は、湯郷温泉のひとつでもあります。今でも、JR姫新線(きしんせん)の林田駅を降りると、鷺の湯があるそうですよ。 (おしまい)
Re: 行頭折り込み - sisi
2022/09/24 (Sat) 19:02:28
ご無沙汰しています。
昔話です。
小判の虫干し
むかし、寝太郎と母がいた。
寝てばかりせんと、山へ働け。と母に怒られ、寝太郎は外に出た。
海の見える山へ登り、昼寝をしょうと・・・
寝太郎のそばにネズミたちが虫干しのため、小判を運んだ。
ネズミのお宝 小判の虫干し 猫のいない間に ホイホイ と歌った。
山の一面に置いた小判はキラキラ光った。
それを見た寝太郎は楽しく眺めた。
日が暮れると、ネズミたちが虫干しした小判を引き返した。
寝太郎は仕事せず家に帰り、母に叱られた。
トントン!若い娘が来て、寝太郎が小判の虫干しを見張ったお礼に小判をさしあげた。(おしまい)
Re: 行頭折り込み - sisi
2022/10/03 (Mon) 06:59:21
カツオのつくり身
高知県須崎市の昔話
土佐の海には、カツオがよくとれる。
むかし、土佐は須崎の津野山というところに若いカツオ売りの男がやってきた。
そこには津野山にすむじいさんがきて、カツオをどうやって食うのかと聞いた。
「カツオはな、つくり身にして、ちょっと置くがいい。」
「え〜、それは初耳だな。」
じいさんは、家の庭にある松の木のもとに行き、買ったカツオを置いた。
3日がたつと、なんと、カツオにウジ虫がわいてきた。
じいさんは、「これこれ、カツオのつくり身に芽が出たぞ。」といった。
じいさんは、芽が出たつくり身を食べた。
(おしまい)
Re: 行頭折り込み - sisi
2024/01/16 (Tue) 00:16:14
「鶴とガチョウの八幡まいり」(大阪府枚方市の昔話)
むかし、仲のええ鶴とガチョウが石清水の八幡さまにお参りした。ええこと願って拝んでます。
二人は八幡まいりをすましたあと、牧野の里へ家に帰るところ、樟葉の里で歩くとき・・・。
草むらから狩りの男がそっと来て、鶴とガチョウの姿をのぞいた。
そのとき、男は弓矢を引いて、二人を狙った。
鶴は飛び出して運良く逃げたんや。
ガチョウは体が重いから運悪く飛べなかったので、とうとう狩りの男に捕まったんや。
男はガチョウを鍋にして死んでしまった。
鶴はガチョウのことを悲しんで、「ガチョウ、ガチョウ!」と泣きながら飛んでしまった。(おしまい)
Re: 行頭折り込み - sisi
2024/01/21 (Sun) 09:40:47
「犬と鶴」(大阪府枚方市の昔話)
むかし、枚方は養父丘というところに犬と鶴がおった。
お互いにせっせと畑仕事をした。
犬は、「鶴どん、今夜はオラの家ヘ晩酌しないか」と鶴を喜んで誘った。
犬の家で鶴を招き、晩酌した。
「鶴どんに見せたいもんがある、オラが集めた平皿やで、色も形もええ、さあさあ、この平皿で酒飲んでや」
平皿の酒を犬が舐めながら飲みほぐした。
一方、鶴は自分のくちばしで突付いても平皿の酒は飲みなかった。
「なんや、鶴どん、平皿の酒は気に入らなかったのか、ああ、もったいない、せっかくやから、オラが代わりに飲んだるで」と犬は鶴の分を飲んでしもうた。
「なあ、犬どん、今度はお礼として、明日の晩、オラの家ヘ晩酌しないか」と鶴が犬を誘って喜んだ。
次の晩、鶴の家ヘ犬を招いた。
「犬どん、これはな、オラが集めた首長いツボや。さあさあ、このツボの酒を遠慮なく飲んでくれ。」
鶴はツボの酒に自分のくちばしを入れて飲みほぐした。
一方、犬はツボの酒をどうやって飲むのか、わからなくなった。
「犬どん、ツボの酒が気に入らなかったのか。ああ、もったいない、せっかくやから、オラが代わりに飲んだるで」と鶴は犬の分まで飲んでしもうた。
これはまんまと返されてしもうた。(おしまい)
Re: 行頭折り込み - sisi
2024/01/28 (Sun) 12:33:44
「蝉と白ギツネ」(大阪府枚方市の昔話)
むかし、枚方は北楠葉のところにメスの白ギツネが住んでおった。
夏の暑い日、白ギツネが歩いていくと、木の高いところにいる蝉の鳴き声が聞こえた。そこで考えた白ギツネは遊女に化けて、蝉を狙った。
「あーら、蝉はん、あんたの鳴き声がいい音色で気に入ったわ、どうかお付き合いしてほしいから、降りてくれませんか、美味しいご馳走も待ってます。ねえ、降りてください」
「そうやな、ええやろ」
白ギツネは手ぬぐいを敷いて、蝉が降りてきた。
その蝉をいきなり白ギツネが食った。と思いきや、なんと、羽だけつけたフンが蝉を似せようとしたもので、騙されてしもうた。「うー、臭い」と白ギツネは悔しがった。
「あんた、白ギツネやろ、わしはな、遠くの匂いでわかるんや。ハハハア!」と蝉は降りることできないから、お見通しだ。まあ、こりゃ一本とられましたわ。(おしまい)
Re: 行頭折り込み - sisi
2024/03/01 (Fri) 00:35:23
「雪地蔵」(北海道の昔話)
むかし、強い風が吹く日のことです。「お地蔵さま、街お使いに行ってきます。暗くなる前に帰ります。」せん吉は、毎日こうして、お地蔵さんにご挨拶をしているのです。ぴゅーぴゅー!町からの帰り道、急に雪が降り始めました。
ゴォーゴォー!
風はますます強くなり、あっという間に吹雪になった。「前が見えない。」
目も口も開けていられないほどの大吹雪です。ズボッズボッ!「もう歩けない。」それでもせん吉は頑張って進みました。「あれ、ここはどこだ?道がわからない。家はどっちだ?どうしよう。」
そのうちに吹雪の中に黒い影がぼんやりと見えました。「あれはなんだ。」せん吉は目をパチパチさせました。「誰かいる!おーい!おーい!」
「待ってくれ。一緒に行こう。」せん吉は大声で呼び出しました。ゴォーゴォー!「落ち着いた!」と思っても、黒い影はどんどん行ってしまいました。「絶対ついていく!」せん吉は、転んでは起き上がり、雪だらけになって追いかけた。一体どれだけ歩いたことでしょうか。急に吹雪が止み、目の前に木が見えた。
「せん吉ー。」
「母さん、ただいま!」「お鼻とほっぺが真っ赤だよ。」「よく帰ってきたね。」みんなが喜んだ。せん吉は、(さっきまで前を歩いていた人は、どこに行ったんだろう。)と思いました。
家の帰り道、お地蔵さんの祠の前を通りかかると、「見て!」せん吉がお地蔵さんの所へ続く足跡を見つけました。
祠の扉を開けると・・・。
いつもの場所に、白い雪をかぶったお地蔵さんが笑っていました。「ああ、ありがとうございます。町へおつかいに行って来ますって、お地蔵さんに言って出かけたから。それを聞いていたお地蔵さんが、心配して連れてきてくれたんだ。」せん吉は、涙を流してお礼を言いました。
せん吉が吹雪の中で黒い影を追いかけたことを話すと、「不思議なこともあるもんだ。ありがたいね。お地蔵さんのおかげだよ。」お母さんもお礼を言いました。
それから、このお地蔵さんは幸地蔵と呼ばれるようになりました。(おしまい)
(参考出典:童心社紙芝居・ゆきじぞう、重松みさ/著)
2014/08/16 (Sat) 22:49:08
Re: Re: 月 - sisi
2021/01/03 (Sun) 08:34:55
新年あけましておめでとうございます、2021年は丑年。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
新春にふさわしいような面白い昔話もあります。
「あやしい大岩」
(新潟県)
むかし、越後の国のある山の近くの村に、釣りの上手い男がいました。男は毎日釣りへ行く時、いつも近くの山の渓流へ行きます。渓流には多くの釣り人たちがやってきます。木陰や岩の下、流れの曲がり角など、それぞれ自分の釣り場を決めて、糸を垂らしているようでした。男は渓流にやってくると、自分の釣り場と決めている岩の上に、座りました。そしてツリーとたらし、どうしたことなのか、その日の昼過ぎになっても、一尾も釣れませんでした。そこで男は場所を変えることにして、近くを諦め、少し坂を登る渓流へ変更すると山陰に突き出た大きな岩がありました。なんだか変わった岩でした。表面が土色で油で磨いたようなツヤをしていました。
「いい場所だ、ここなら釣れても大丈夫。」男は大岩の上に、座り込んで、釣りとたらした。しばらくして、雑木林の中から若者の男が降りてきて、淵の向こう岸で釣りを始めた。ところが若者は、どうしたのか、すぐに釣竿をおさめて、こちらに向かい、何事か口走りました。淵の水の音は静かだけど、少しの声も聞こえない。そこから早く外へ行けと言うふうに、酒に手を横に振って合図をしながら、慌てて向こうの雑木林の中を登っていきました。「あの男は、何を言ってるのかわからない。驚いて去っていたが、何にもないじゃないか。」
男は半分笑いながら、つぶやきました。
それからしばらくして、釣り糸を垂らしましたが、やっぱり魚は釣れない。先程の若者のことも、なんとなく気になった。「今日はだめだ、これでやめ、帰るしかない。」男は釣道具を手早く片付け、先程の若者を大事にして、何を言ったのか気になり、それを聞いてみたいと思い、渓流を渡り、崖の上に出て、若者が先を歩き、男は早足で近づき、「先程は失礼しました。何かあったんですか。」と尋ねました若者は、ジロジロ見つめると、ため息のような大きな息を吐き、「あなたはもしかして、何も知らなかったのですか。」反対にたずね返した。「何も知らない?」男は口ごもりした。「あなたが座っていたあの淵の大岩が急に両眼を開いて、大きな口を少しずつ開けてあくびをすると、また目をつぶってました。赤子の頭ほどもある、その目玉の赤いこと、私は恐ろしくて、ものも言えなかったでした。あれは、山の中に住む大きながまがえるでしょうか。」若者は身震いをすると、そこでまた大きなため息を吐いたのは、なんと、あの大岩の正体は、ガマガエルでした。
あー、恐ろしかった。
(おしまい)
Re: Re: Re: 月 - sisi
2021/01/10 (Sun) 19:14:49
とんでもないような昔話もありました。
「猫と犬と河童」
(長崎県の昔話)
むかし、長崎の小浜に、大変怠け男がいまして、嫁はもらいましたが、働く気は全くない、朝からだらしなく寝込んだり、飼っている猫や犬の遊びまくりな暮らしでした。
見かねた伯父が元手は出すから少しは働いてみろと言うと、男はやっとその気を起こして、そして魚売りをやってみようと考えた男は、魚の市場へ出かけますと、獲れたばっかりの一番大きな鯛を1尾仕入れて魚に土がついているので海辺で洗うと、魚が急に暴れ出して逃げてしまった。男が家に帰ると、また伯父がやってきて、もう一度元手を出してくれたので、今度は慎重に仕事をしようと考えました。翌日、仕事探しに家を出ると、見知らぬ男が近づいてきて、妙なことを言った。自分は竜宮からの使いもので、男迎えに来ました。男は、
「滝宮へはいちど行ってみたいと思っているが、海底にあるので行くことができない。」と言うと、使いの男は自分と一緒なら何も心配することは無いと言い、目を閉じ、手を引いて海に入って、男を海底にある竜宮へ案内しました。竜宮につくと、美しい乙姫が出迎えてくれた。男は乙姫に、「あなたは、私の使いである体を伸ばしてくれた恩人でもあります。」
とお礼を言われ、指輪を渡されました。その指輪は、指につけて右に回すと米蔵と金蔵が出てきて、左に回すと大きな家が出ると言う魔法の不思議な指輪でした。男はその指輪をもらい、喜んで家に帰ると、そして指にはめた指輪を左に回すと、目の前に大きな2階建ての家が現れた。次に右に回すと、今度はお金がザクザクと溜まり、金蔵と米倉が現れた。男は夢中になり、もう一つ金蔵を出そうと思い、力込めて指輪を回すと、蔵は現れたが、その金蔵は空っぽでした。男は空っぽの蔵の中へ櫃を置くと、そこへ指輪を大事にしまっておくことにした。ある日、男の留守中に嫁が蔵の中に入り、櫃の中に隠してある指を見つけ、ちょうどそこへ沖の島から飴屋がやってきたので、指輪を飴玉等と理解してもらいました。家に帰った男は、蔵の中の筆を開けてびっくりした。そして嫁の話を聞くと、烈火の如く怒りだした。「あの指輪は、宝物の魔法の指輪だ。この家も蔵もみんなあの指輪のおかげだ。それを飴玉と取り替えてしまうなんて、どうしてくれるんだ。」
男と嫁の大喧嘩のやりとりをそばで聞いていた猫と犬は、その指を取り返してくれば、今までよりもっと可愛がってもらえるに違いない、おいら達で取り返してこようと相談して、沖の島へ出かけていきました。島へ渡ってみると、飴屋の家はすぐに見つかりました。
様子を伺い、飴屋は行商に出ているのかと留守番でした。猫が家の中へ入り、幸いなことに目の前の棚の上に指輪が置いてありました。ところが、指輪をどちらが持って帰るかと段になると、猫も犬も功名を立てたいあまりに、自分が持って行くと言って譲らない。結局、指輪を発見した猫が持って帰ることになり、猫はしっかり指輪を加え、わき目もふらずに海へ泳いだ。
すると途中、おいしそうな魚がピチピチとした体を動かして目の前を通りかかった。猫がたまらなくなって思わず口を開き、指輪は海の中へ落ちていった。そこでまた海の中で猫と犬の喧嘩が始まり、その時、2匹の間に、河童が顔を出し、河童はなぜか真っ赤な顔して怒り出した。
「お前ら、あんなもんを海底へ落とした困るから、何か引っかかって、まぶしくて、危なくて、潜ることも居ることもできないから、早く拾って持って帰ってくれ。」
ところが猫も犬も水の中に潜ることができません。そこ河童に取ってきてもらうと今度は犬が指輪を口にくわえ、猫を背に乗せて、走って家に帰ってきました。
そして、指輪を男に手渡し、男は喜び嫁においしい料理を作らせ、猫と犬に満腹してもらうごちそうをしてやりました。みんな幸せになりましたね。 (おしまい)
Re: 月 - sisi
2022/05/28 (Sat) 13:07:52
「猿寺」 (東京都中野区の昔話)
むかし、元禄の頃の話。
江戸は神楽坂にある松源寺があり、その境内には、いつも野生の子猿が遊びに来ている。
ある時、そのお寺の和尚の留守の間に小僧や悪童たちが猿を捕まえられて、浅草橋場に住む檀家の武蔵家に売り渡した。
翌年の春になると、和尚は向島の花見に招かれました。竹谷の渡しに差し掛かったが、そこには花見する人々で、ごった返し。今も和尚が船に乗り込もうとした時、衣の裾を持って話さずものがある。見るといつもの寺へ遊びに来ていたあの子猿でした。不審に思う所へ武蔵屋が駆けつけてきて、「おーい、私の猿が逃げた!」と言いました。武蔵屋の持ち分を聞いているうちに、お客さんを満員した船が岸を離れた。「しまった、乗り遅れたわい。」と言っているうちに、川の中ほどまで行った船は、二、三度大きく揺らいだと思うと、あっという間に転覆した。多数の人たちが死に騒ぎとなった。あの時、もし子猿が引き留めなければ、和尚は一命を落としたところであった。和尚は武蔵屋に乞うて子猿を連れ帰り、大事に飼いました。
今でも中野の上高田にある松源寺を猿寺とよび、あの子猿の石像も残っておったそうな
。 (おしまい)
Re: 月 - sisi
2022/05/30 (Mon) 03:31:58
北方と南方の村境
(広島県の昔話)
むかしむかし、本当の話かどうかはっきりしたいませんが、それはとにかくとしてお聞きください。面白いですから。
お話といいますのは、東南です。
豊田の本郷の奥に、広い野原を挟んで2つの村がありました。野原には牛や馬が離されて、美しい草原の中を駆け巡って遊んでおりました。草原の真ん中には1本の松木がそびえて、その松の木を境にして、北の方が北方、南の方が南方と分かれた。
広島県の地図を出してごらんなさい。山陽本線の河内駅と本郷駅の間、下のほうに、つまり南に寄ったところに北方、南方の地名がありました。
ところがある年の事、この辺にひどい干ばつがあって、南方と北方の村境の目印になっていた松の木が枯れてしまいました。さぁ、こうなると面倒が起こってきました。村境の目印がなくなったのですから、2つの村の人たちは、どちらも負けずに少しでも余計に自分の村のものにしようと、野原のあちこちで争いはじめた。
「この松の根元が証拠だ、ここまではわしら村のの土地だ。」「いや、その根元は昔からあったものだ。あの松の根元が境じゃ。」「こりゃそうじゃ、ここのところの草はわしらの村の馬が食べていた。」
とにかくこんな言い争いが、毎日毎日、朝から晩まで続きましたので、平和の住みよい村も騒がしくなって、村人たちは落ち着いて仕事に手がつきません。
とうとう庄屋さんどうしたが話し合いをして、村境を決めることにしましたが、どうにもいい考えがありません。そこで馬の駆け比べをして、村境を決めることにしました。北方のものは北の端から、南方のものは南の端から、それぞれ一番鶏が鳴くのを合図に駆け出して、両方の馬の出会ったところを境にしょうという。これからはどちらの村人も、文句の言いようがありません。それがよかろうと話し合いはすらすらと運び、かけくらべも明日と言うことになりました。北方の人たちは、村一番の馬を選びだすと、これも村一番の乗り手という若者を庄屋さんの家へ泊まらせて、ご馳走を食べさせるやら、馬の足を撫でるやら、大騒ぎでした。
南方の人たちもみんな庄屋さんの家に集まって、よりだした馬と若者を囲んで、一生懸命励ましています。しかし、庄屋さんはじっくりと考えて、「馬も若者も今年は早めに出させろ、明日疲れるからな、ご馳走が食べたければ明日うんと走って、少しでも余計にこっちの土地にしてくれ、そうしたら、たらふくご馳走食べさせるぞ。」と言いながら、1羽の雄鶏をよんで、「お前さんには今夜うんとご馳走を食べさせてやるが、明日鳴き遅れでもしたら大変だからな。」と豆だの、とうもろこしだの、たいそうご馳走を食べさせるのでした。北方のものはだれも鶏の事には気がつきません。それどころか、馬と若者の方ばかり気をとられて、その夜は鶏に餌をやるのさえ忘れてしまいました。明くる日になり、北方の鶏は何もう食べないで寝たので、お腹が空いて夜明け前には目が覚めてしまいました。そして早く何か食べさせろ!と大きな声で泣き叫びました。それ、と村人は若者を呼び起こして馬に乗せましたが、前の日遅くまでご馳走を食べていた若者は寝ぼけてしまったて、とんでもない方向へ走っていってしまいました。それにひきかえ、南方の若者は早めに目を覚ましました。すっかり支度を整えて鶏が鳴くのを待っていました。が、お腹がいっぱいでぐっすり眠ってしまった鶏は、夜がが明けても泣きません。我慢しきれず、とうとうたたき起こして鳴かせると、一目散に駆け出しました。でも、何も食べさせていない馬はすぐにヘトヘトになってしまい、思うように走りません。
北方の若者はしばらくして、はっと目を覚ましましたが、とんでもないところへ来ているのに気がつき、まわれ右をして馬にひとムチあてました。馬はたくさんご馳走を食べて元気が良いので、さっきよりも早く駆け出しました。
そして、勝負は、南方の馬がやっと野原の真ん中あたりに来た時、ものすごい勢いで北方の馬がやってきました。そしてちょうど真ん中あたりで出会いました。
(おしまい)
「ノミと旅人とおばあさん」
(広島県三次市の昔話)
むかしむかし、あるところに吉三と言う、村からむらへ、町から町へ薬を売って歩く商人がありました。吉三は毎年決まったように旅を出て日が暮れたら、宿に泊まって、また隣の村へと出かけて行きます。昔の事ですから、村には宿のないところもありましたが、そんなときには村の百姓さんの家に泊めてもらいます。
ある日の事でした。吉三は山はずれの小さな村へやってきました。商売も済んだので、一軒の家に泊めてもらうことにしました。その家には、欲の深そうなおばあさんがただ一人住んでいました。吉三はお礼にたくさんの薬をおばあさんにやり、寝ようと床の中に入りますと、床の中にはそれはたくさんのノミがいて、とても眠れそうにありません。けれどもせっかく泊めてくれたおばあさんに、ノミがいるから眠れないとも言えず、とうとうその晩は、一睡もできないままに夜が明けてしまいました。吉三は、それから隣の村まで行って、また帰りにこの家に泊めてもらわなくてはならない。
そうしなければ、山深い夜道を歩いて狼にでも食われてしまう。明くる朝、吉三は眠そうなはれぼったい目をこすり、おばあさんに言いました。なんとかノミを退治してもらっておかなければ、帰りにまたこんなことではたまらないと思いました。「おばあさん、あんたは大損をしてますよ。」と話しかけますと、欲深いおばあさんは膝をのりだして、「何かいいもうけでもありますかいの。」
と聞いています。そこで吉三は、「おばあさんとこには、たくさんのノミがウヨウヨしてますが、ノミは万病を治すという薬になるんで、私の国ではたいそう高い金をだして買い集めてるんですよ。おばあさんはなぜ売らない。」
と言いました。するとおばあさんは目を丸くして、
「へぇー、ノミが薬になるとは初めて聞きました。薬屋さんのあんたが言うんだからまさか嘘では無いでしょうね、帰りにあんたがこの家へ泊ってんまでに、たくさん取っておきましょう。」
こう言って、吉三は隣村へ出かけました。
2、3日隣村で商売をした吉三は、帰り道におばあさんの家に泊めてもらうことにしました。おばあさんがよほど念入りにノミを取ったと見えて、その晩、1匹のノミも出て来ません。吉三は気持ちよく眠りました。明くる朝、待ってましたとばかりおばあさんが、「吉三さん、約束通りこんなにノミを取りましたよ。」と言いながら、紙を包み広げてみますと、よくもまぁこんなに思えるほど、たくさんのノミがいました。吉三は、「ほう、これはたくさん取ったものですね。1000匹もいるでしょうね。」と言いますと、欲深いおばあさんは、ノミがお金になると聞いているものですから、「何を言いますさん、1000匹どころか10,000匹もいますよ、吉三さんの前で教えてみましょう。」と紙包みを広げて、始めました。
教えるはしから、ノミはぴょんぴょんと逃げてしまい、100匹も数えたと思った頃10,000といたノミは1匹もいなくなってしまいました。そこで吉三は言いました。
「おばあさん、今度来る時までに、50匹ずつ串に刺しておいてください。そうしておかないととても教えることはできませんよ、今度来た時もらって帰りましょう。どうもお世話になりました。」
こうして吉三はまた旅を続けました。
ノミが薬になるなんて、とんでもない話でした。
おばあさんの欲深い気持ちも汚なければ、おばあさんをこんなことで騙そうとした吉三の心持ちも、ノミ以上に汚いではありません。
(おしまい)
Re: 月 - sisi
2022/06/18 (Sat) 09:15:28
こんにちは、怖い話です。
首なしライダー
(茨城県の昔話)
むかし、筑波山では、毎日スピードを狂うライダーたちが夜中にやって来て、暴走しているらしい。ある時、アベックで2人乗りをしていたライダーが反対車線を猛スピードで来る何かを見ました。その、人らしきものはすれ違いざまに、ほんの一瞬だけちらっとこっちを見ました。男の人は前を見ていたのでよくわからなかったけど、後の女の人の様子がおかしいので男の人が、「どうしたの?」と尋ねると、「今の人、顔がなかった・・・。」と言った。
(おしまい)
Re: 月 - sisi
2024/01/30 (Tue) 01:38:14
「熊とカワウソ」(大阪府枚方市の昔話)
むかしむかし、枚方は出屋敷というところに、くいしんぼな熊がおった。熊は、この場所の木の実や畑の野菜を盗んで、みんな食べてしまい、土地の動物たちは熊のことが怖がって捕まることができへんかった。それでも困ってしもうた。
熊はその後、みんな食べたから、な~んも食べるものがない。そこに歩いているのが、カワウソが魚を売りに来た。熊はカワウソの魚がたまらなかったので、声をかけた。
「うまそうな魚がたまらへんな~」
「おいおい、お金がないと、食べられへんで」
「ほな、ナンボはするんや」
「1尾一文」
「オラは金あらへんから、どこで釣ったらええんや」
「これだけは二人だけの秘密やからな、よーく聞けよ、お隣りの山田池という大きな池があるんや、魚はいくらでも取れる」
「どないして釣るのか」
「それは、自分の尻尾で釣るんや、簡単なことさ、夜のうちに山田池へ尻尾を垂らして釣り、朝明けになり、池の氷が張るまで、じっと待ったら、魚がたくさん来るんや」
「ありがとう!釣るぞ、釣るぞ!」
熊は山田池の水に自分の尻尾を垂らして氷になるまで釣るのを朝明けまで待った。じっと待っても熊の体が凍えながら我慢をした。
朝になると、氷ができて、いよいよ熊の尻尾を引っ張ります。「これはたくさん釣れたぞ!うー重い!」と思ったら、尻尾が重くて必死に引っ張ったが、とうとう引きちぎってしまった。引いたら、熊の尻尾は短くなった。
「尻尾で魚を釣れるわけ無いやろヒヒヒ」と笑いながらカワウソだから嘘ついて教えたんや。(おしまい)
2016/01/04 (Mon) 10:45:46
sisiさん
新年おめでとうございます。
佳き新春をお迎えのことと存じます
今年もよろしくお願いします。
テレサテンの似顔絵も素敵
歌も大好きですぅ。
仮屋崎省吾さんの作品が松山城を彩りましたぁ。
Re: 初春 - sisi
2020/12/02 (Wed) 16:34:09
華さんありがとうございます。こんな昔話あります。
デシコシ鳥
(香川県の昔話)
むかしむかし。
ある村に和尚さんと小僧さんがおりました。
ある日、小僧が山へ行っていも掘りに行きました。
小僧は、和尚さん思いで知ったから、芋のおいしそうなところは和尚さんに上げて、自分の芋の尻の砂まじりのところを食べました。和尚さんは、芋を食べたとき、あまりにも美味しくてたまらなかったので、小僧はどんなにうまいところを食べているかと思い、
小僧の腹を切って中を見ました。すると腹の中には、お芋のクズや尻の悪いところばかりが入っていきました。それで和尚さんは鳥になってしもうて、弟子こいし、弟子こいしと鳴いているそうだ。デシコシ鳥は田植えごろによく鳴いています。人によっては、ホトトギスだと言う人もあります。
(おしまい)
田舎の黒鳥
(石川県の昔話)
むかし、鵜川の三田に四郎右衛門というものがおりました。都へ登り、某中将とが申す貴族の屋敷に仕えて、庭はき掃除をしていました。
四郎右衛門は誠に愉快な男で、また、歌うと言ったら、三度の飯より好きな男でしたから、暇さえあれば、ホウキを逆さに、大きな声で歌を歌いながら、踊っていました。
ある日、某中将の姫君がこれを聞きつけました。みすをかかげて見れば、男の格好がまるで気違い沙汰でしたから、つい、罵っていました。
「お前の声は、田舎の黒鳥そっくりだよ、早く、仕事でもやり。」
すると、四郎右衛門は歌で持って答えました。
「羽うち揃えてた時は、中将姫の下に見る。」ところが悪いことに、2人の様子を姫の母君が見てしまいました。そして母君が言いました。
「姫、その他の仕草は、我ら貴族にあるまじきこと、このままには置かれません。ささ、今すぐにも、この屋敷を出てもらいましょう。」
姫君はしきりに許しをこいますが、受けられず、それで今は仕方なく自分の屋敷を出ました。けれど、どこへ行くあてもないので、ただ泣きながら門の外をさまようばかりでした。四郎右衛門はこれをいとも哀れに思い、
「もしよかったら、俺の里へ行きませんか。」と言いました。
それではというわけで、姫君は連れだって能登の諸橋につきました。
その時は船路を取ったので、元に着いたところ、今でも姫崎と呼んでいます。
2人はそこから山田川を遡り、程良い場所に住居を構えました。2人は美しく暮らしました。
ほどなく、息子が生まれましたが、村人はそれにちなんで、ここは産田(さんでん)と言うようになりました。今の三田がその名前でした。
(おしまい)
Re: 初春 - sisi
2024/01/28 (Sun) 23:21:09
「鶏の田植え」(大阪府枚方市の昔話)
むかし、枚方は出屋敷というところに、雄鶏と雌鳥という鶏の夫婦と息子のひよこが住んでおった。6月に入ると、鶏の夫婦が広い田んぼに田植えを始めた。ひよこも手伝った。そこには田んぼの裏にいる白鷺と犬と猫の仕事もしないぐうたらな三匹がおった。「おーい、お前らも田植えを手伝ってくれへんか」と雄鶏は三匹を誘っても、「無理やな」「あ〜そうやな」「田植えやったら腰が痛くなるで〜」と無駄やった。夫婦とひよこは、毎日汗流しながら、楽しく田植えを続けた。寝てばかりのぐうたら三匹は、「相変わらず懲りないなぁ」と言った。そして秋を迎えた。夫婦とひよこが植えた田んぼの稲がますます黄金色に実ってきた。お隣りの雀の家族は、「鶏はん、いつも稲がえらい実ってきたわ」と感心した。稲の収穫が米に生まれ変わり、鶏の家族は、張り切って、たくさん握り飯を作った。作りすぎた握り飯はな、鶏が食べるだけではなく、お隣りの雀の家族に差し上げたり、あったか握り飯の匂いからきたぐうたらな三匹もあげて、えらい喜び、むしゃむしゃ食った。鶏の握り飯はホンマにうまかったそうな。(おしまい)